神奈川からのメール。ウスバフユシャク,および属名Inuroisについて。

 頭の調子はどん底から少しだけ回復してきて,ものを少しだけ考えたりできるようになってきた。まだ文章は全然ダメ。読み返すと何を書いているのかほとんど分からない。書き直してみても,やっぱりおかしな文章構成である。もうダメなのかもしれない。
 
 松の内にメールが来ていた。「ケイの言ってみようか!」のケイさんからである。はるかドートーの地で死にかかっているわたしをいまだ覚えていてくれていることに感謝。彼のブログを訪問すると,競馬とソフトな読書の話題ばかりで(どちらもわたしには遠いので)結構大変だなあと思ったりする。 こちらはこちらで,農業の開始は人類の誤謬の歴史の始まりなのではとか考えたりしているのだがそんなことはもう後の祭りである。
 
 というわけで蛾像を送ってくれる。嬉しいなあ。わたしは一昨年の画像の整理すらおぼつかないというのに。
ウスバフユシャク Inurois fletcheri
 1月4日とのこと。ホカイドーでは1月2月は自称「厳冬期」で,冬蛾はアウト。ガガンボやユスリカぐらいなものなのだが,さすがに南国神奈川である。フユシャク乱舞の幻影が目に浮かぶ。
 ウスバフユシャク,だろうと思う。学名は Inurois fletcheri。いぬろいす ふれっちゃーいー。
 種小名は人名由来。‘-i’で属格「〜の」を作るパターン。
 属名が面倒くさい。命名者はバトラーで,保険屋のプライヤーが日本から大英博物館へ送ってきた標本を片っ端から新種記載していったものの中の1つ。
 
 Inurois について,平嶋義宏『生物学命名辞典』2007,では3カ所に記述されている。
 (1)p.364。

(ラ)inuro 焼き印をおす;害悪をひきおこす + -is。または,(ラ)in- 否定 + (ギ)oura 尾 + -is。

 (2)p.524。

(ラ)in- に向かって,または,否定 + (ギ)oura 尾 + -is。蛾の尾端の状態から。

 (3)p.661。

(ギ)in- 否定 + (ギ)oura 尾 + -is。

 というわけで,三者三様。要するにはっきりしないのである。
 そもそもバトラーが命名の由来を明らかにしていないのが悪いのだが,19世紀は語源なんぞ記載しない時代だったから仕方ない。でもとりあえず原記載論文を見てみる。
 『The Annals and magazine of natural history;zoology,botany,and geology vol.IV,5th series』(1840)収蔵の「Descriptions of new Species of Lepidoptera from Japan」,p.445-446。
 属名の解説にはヒントなし。翅脈が類似の属とは違っているという話。
 タイプ種のI.tenuis(ホソウスバフユシャク)の記述の方。

 91.Inurois tenuis,n.sp.(nos.553 & 556)
 前翅は半ば透けた白っぽい褐色で,中央部にうっすら黒ずんだ広い帯をかすかに示す。その帯の外側の各翅脈上には黒点がある。中室には非常にくっきりした黒斑があり,外縁部には黒点が連なる。後翅はわずかに白みが強く,中室と外縁部に黒い点がある。胴体は褐色。翅の裏面は前翅後翅ともに,褐色の横線[discal line]が走る。開張♂1インチ2ライン[約29mm],♀1インチ3ライン[約32mm]。

 記載を読む限り,黒点については繰り返して記述しているが,尾についてはノーコメントである。というわけで,わたしは Inurois を「焼き印をおした(おしてあるもの)」と解釈したいがどうだろう。
 属名はギリシア語由来のことが多く,また接尾辞 -is の用法が文法的にどうもいかがわしいので,『命名辞典』では「尾」の解釈を出してきたのだとわたしは推測している。