蛾の学名のジェンダーについてまた考えた。Eustroma属・Evecliptopera属・Gagitodes属。
エウピテーキア(カバナミシャク)後。
- Eustroma属
- 属名のジェンダーが今回の『標準図鑑』で「女性」とされたものの一つ。何度か書いているように,ラテン化されていないギリシア単語そのままの属名はもとのギリシア語での性別とするのが命名規約。‘stroma’は中性なので,種小名語尾が「-a」になっているものは「-um」に変更すべきところである。例えば,サイト「Lepidoptera and some other life forms」ではすべて中性語尾に書き換えられている。
- かつてある人にそこら辺を訪ねたところ,じゃあオオシモフリエダシャクをどう扱うべきなのかと返ってきた。Bistonのことである。なるほどあれは混乱している。
- おそらくギリシア人名なので,原則ならば男になるが実際は女性ジェンダーで用いられている場合がほとんどである(種小名が単なる名詞とみなされる時や,複合語であるなら女性・中性形の余地があるが,それに当てはまらないケースが多い)。ちなみに属名の命名を行った Leachが(規約ができる前の1815年ではあるが)女性ジェンダーで処理している(Edinburgh Ency. 9: 134)。リーチが Bistonの由来を明記していないので,リーチの意に従ってジェンダーを女性と見なすことは不可能とは言い切れない。
- そもそも,すでに平嶋義宏「蛾類の学名の研究」で明らかにされているように,蛾の学名のジェンダーは規約を越えて女性化されていることがしばしばである。
- リンネが蛾の性をすべて女性にして(SphinxとPhalaena群。これについては拙ブログ「09-02-09 『英国産鱗翅目の学名』から(2)」参照)命名している。わたしの推測では,ファブリキウスやヒュブナーなどの後継者が新属名を作った時に,(まだ属の概念が明確には存在していない頃であるから)リンネの分類を新属名の「さらに上位のタクソン」と把握して,ことごとく種小名を女性語尾にしてしまい,そのまま慣行化したのではないだろうか。
- おそらく執筆者たちの意図は,研究によって属名がころころ変わりかねない状況のなかで,種小名の綴りを安定させて整理・検索に便を図ろうというものだと思われる。異なる理由とは言え,結果として今回の『標準図鑑』は一種の先祖返りである。
- 250年前と現代のフロンティアが結果として手を結ぶ。これは悲劇なのだろうか,喜劇なのだろうか。これは更に後世の人々の判断するところである。
- Evecliptopera属
- 「v」と「u」は置換可能。命名者はvの方が(英語で発音するなら)座りがいいと考えたのだろう。「Euecliptopera」が先行存在していてホモニムを避けたのではなさそうである。
- Gagitodes属
- セスジナミシャク Evecliptopera illitata の命名者 A. E. Wileman (1860-1929)はイギリスの外交官で,鱗翅のアマチュア研究者。彼については,江崎悌三による評伝に詳しい(江崎, 1984, 江崎悌三著作集 1: 121-130)。
- illitus(色を塗られた)とは,「背筋の白線」のことだとわたしは思っているのだけれども,さあどうかな。
- 画像はいつものザイツ。Seitz, 1915, Die Gross-Schmetterlinge der Erde 4: ,pl. 10。ヤハズナミシャク。ザイツでは Cidaria属に分類されている。セスジナミシャクは見つからない。