茂木健一郎『脳と仮想』(新潮社,新潮文庫)

夢は,脳が昼間に体験した記憶を整理している時に生み出されるというのが一つの有力な説である.もしそうだとしたら,夢の中で私たちが出会う風景は,なぜ現実のそれとは似ても似つかないのだろう.夢の中の風景は,きっと,私たちが目にする現実の光景よりも,私たちの意識に近しいもの,ゲーテの言葉を借りれば,「詩的現実」に近いものなのだろう.(p.151)

 ふと,涙が止まらなくなる.
 川崎ゆきおの漫画の登場人物が「ぼくには現実はいらない」と宣言した瞬間を思い出す.同時に,かつて読んだある統合失調症の症例を思い出す.病状の進行によって現実から遠ざかれば遠ざかるほど,彼の精神の内容は無内容な荒廃したものになっていったという.