ナミシャク特集(16),クロスジアオナミシャク.

 例の八幡の薮知らずのようなトリコプテリュックス(Tricoptryx)属は年末回し.わたしに大掃除の習慣はないので時間がたっぷりある..
 イディオテフォリア(Idiotephria)属も見るとユウウツになるし,アブラクサス(Abraxas,エダシャクの一属)を連想させるあの白まだらの連中も気がさす.どいつもこいつも後回し〜.
 かくして地味でどうしようもない蛾がまだまだ続くのである.


 小さい蛾.前翅長は8mm.灯火下では色が分からないが,ディスプレイに拡大すると薄緑色が見えてくる.

 クロスジアオナミシャク.07年08月27日.

 テカってしまって,緑が上手く出ていない.撮っているときは緑色だとは気付いていないのである.


 図鑑読み比べ.

保育社『蛾類図鑑上』,p.231)
前翅は淡い黄緑色で,内横線と外横線は黒帯をなすが,多くの場合前半では明瞭.外横線は前半V字型に尖る.

(北隆館『昆虫大図鑑1』,p.201)
前翅は明るい緑色.内横線と外横線は黒色で明瞭.外横線は前半太く,鋭く突起してV字型の紋をなす.後翅は灰色で,いくつかの横線を薄くあらわすことが多い.

講談社『蛾類大図鑑』,p.514)
本種は前翅が明るい緑色.斑紋は後翅に連続しない.前翅の内横線と外横線は,少なくとも前半で帯状に黒く,後者はM1の近くで鋭く突出する

 こういう微妙な表現の差異は,観察者にどう見えているのかの差異に等しい.
 わたしなどは,後翅あたりが妙に毛深いのが気になる.


 クロスジアオナミシャクの学名は Chloroclystis v-ata lucinda .
 属名は「chlōros 薄緑の」+「clyzō 洗い流す(平嶋『生物学名辞典』によれば,表面に蝋を塗った)」.
 種小名は「V」+「-atus (接尾辞)」.「V字の」ということだろう.
 亜種名は文法力に自信がない.「luceo 光る」の所相的形容詞「光るべき」?


 さて横文字がもう少し続く.実は好きなのらしい(英語は嫌い.北方系の陰惨な言語はダメ).だてに「.」「,」は使っていない.もちろんこれは語学の実力とは別の話である.
 それにしても虫好きブロガーの中で,わたしほど,生態だの命の営みだの,つまりは「生き物としての虫」に共感の薄い人間はいないような気もする.どんな生き物でも生命は自己愛でしかなく忌まわしい.蛾はすぐに死ぬから,人間よりもよほど上品である.
 わたしは結局はことばの側の人間であるのだろう.虫を撮りながら,何か別のことを考えようとしているし.


 クロスジアオナミシャクの今度は英名.「V-Pug」.
 「V」はよく分かるが,「パグ」というのが多義語でよく分からない.(犬の)パグ,獅子っ鼻,捏ね土,足跡….(゚Д゚ )ハァ?
 手持ちの辞書ではどうにもならない.そもそも英語には苦手意識がある.


 かくして仕事の合間に,職場の「資料室」に潜入.そこには『Britanica』すら揃っておらず,代々の担当管理者の知的水準というか民度というか,とにかくその低さにあきれかえるばかりなのだが,『Shorter OED』があるのは知っている.
 さすがに大きい辞典である.出ていた.
 「Also p-moth: Collectors' name for geometrid moths of the genus Eupithecia 1879.」などとある.ようするに,「カバナミシャクのことをマニアはそう呼ぶ」ということ.この蛾はカバナミシャクと極めて近縁なのでOK.
 それではそもそもこの場合の「pug」とは何かというと「矮小な生き物・小人・一寸法師の類」の意味で用いられているらしい.
 というわけで,無理に訳せば「ちびっ子V」だろうか.子ども向けの栄養ドリンクみたいで何だかよく分からない呼び名だが平気である.


 こんなことをごちゃごちゃと調べていると,クロスジアオナミシャクがドイツでは「Grüner Blütenspanner」と呼ばれることまで分かった.余計な知識がどんどん増えていく.「緑の+花シャクガ」の意.幼虫が花を食べる習性を持つからだろうか.