リンコデムス補足.

 Aclerisさんの「いもむしうんちは雨の音」の3月23日記事「目があるとカワイイ?・・・・リンコデムス」に対して,例によって出しゃばりの気がムラムラしておせっかいコメントを.何かというとウズムシ目の,「ビパリウム(コウガイビル)」「リンコデムス」「ゲオプラナ」についての学名解釈.
 それを受けて,Aclerisさんが3月27日「リンコデムスとは?」で拙コメントを取り上げて記事にしてくださった.
 コメントから記事に格上げしていただいて,大丈夫なのだろうか….
 本線でははずれていないとは思うのだが.


 学名の持つ意図は,極端に言えば命名者にしか分からない.
 命名者が自ら謎解きをしていない学名についての解釈は,常に誤りの危険を伴う(虫の学名を好んで扱っているサイトがわたしのところぐらいなのは,他の方々が賢明であるからでしかない).
 例えば,わたしが蛾の学名当てに多くを負っているEmmet『The Scientific Names of the British Lepidoptera - their History and Meaning(英国産鱗翅目の学名 その歴史と意味)』は,先行類書であるMacleod『Key to the names of British butterflies and moths(イギリスの蝶・蛾の名前が分かる本)』の解釈344項目を誤りと考えている.学名の広大な海に一旦乗り出せば,そこは謎だらけで200や300のミスなら上々なのだろう.Emmet自身にも「may」や「perhaps」は頻出するし,解釈できない名前35がリストされていたりする.分からなくても当たり前なのである.
 まして,わたしである.間違いだらけの可能性が高い.実際,専門の方からしばしば錯誤を指摘されている(感謝!).


 というわけで,どうにも危ないので解釈を晒しておく.訳にしても,もっと上手い日本語にできるかもしれないし.

ウズムシ目 Tricladida
[tri-]はギリシア語の[tria]からで「3」.語尾の[-ida]は分類学上の語尾で「門」「綱」「目」とか.
 真ん中の[clad]はギリシア語の[klados]の語幹.レキシコンを引くと,「樹の枝,若芽」「板材」「血管の枝」等の訳語が並んでいる.要するに「枝分かれしているもの」であるようだ.
 「3つに分かれた小枝」とか「3つの分岐」とかの意味になりそうである.
 ちなみに東海大学出版会『日本産土壌動物』ではウズムシ目に「三岐腸目」というおどろおどろしい(?)訳語を当てている.


 以下,「科」の語尾は[−idae]になっていて面倒なので,日本での科の呼び名になっている「属」を取り上げていく.

コウガイビル科 Bipalium属
 これはラテン語.辞書にそのまま載っている.「a double mottock」とのこと.「つるはし」だろうな.見た目.
 和名の「コウガイ」は,アーチャーンさんのブログ「我が家の庭の生き物たち」2008年9月20日記事「コウガイビルの一種」(必見です)によれば,「笄」とのこと.Wiki「笄」を見ると,かんざしや櫛の仲間で,先がイチョウ型をしている道具.関連項目に「コウガイビル」があるのが恐ろしい.
 昔から人目を引いた虫なのだろう(わたしは蜘蛛蚯蚓蛙蜥蜴も好きなので,虫偏ものとその周辺ものはすべて「虫」である).

リンコデムス科 Rhyncodemus属
 [rhyncho]+[demus].どちらもギリシア語由来.
 「リンコ」は[rynchos]から.「くちばし,鼻面」.平嶋『生物学名辞典』にはサケやカモノハシやゾウムシが用例にあげられている(p.607).レキシコンでは「snout,muzzle」で「豚とかの鼻,大きな鼻,鼻面」である.
 [demus]は,[demas]と[dēmos 民衆(デモクラシーのデーモス)]とで決めかねるが,Jaeger『A Source-book of Biological Names and Terms(生物学の名称・用語原典)』では前者と見なしている(p.78).「デマス」はレキシコンで「bodily frame,use of man;rarely of other animales」.「体格」「体つき」だろう.
 この虫の「体全体でくちばしの形」ではないだろうから(長すぎ.ゾウの鼻はリンコスでなくて[proboskis]だし),Aclerisさんのところには「鼻面の姿」とコメントした次第.

ゲオプラナ科 Geoplana属
 [geo]+[plana].
 [geo]は,geographyのゲオで,ギリシア語の[gē]「大地,地面」から.
 [plana]は実はよく分かっていない.[planos]なら「放浪する,ぶらつく」.[planēs]なら「うつ伏せになっている」である.
 本来は「ギリシア+ラテン」は好ましくないのだが,ラテン語の[planus]「平らな,平面の」かもしれない.いわゆるプラナリアはこちらだと思う.「地面のプラナリア」というココロ?
 グーグルで画像検索をかけて見てみると,どうやらそんな感じである.こちらが本命なのだろうか.
 というわけで,Aclerisさんのところに書き込んだ「這い回る」は誤謬の可能性が高い.ごめんなさい.訂正します.


 もう止まらない.以前にも書いた話.
 Aclerisさんの[Acleris]はハマキガの属名を意図しているのだろうと思われる.アクレーリスはギリシア語の[acleros]からで,「クレーロス(市民に分配された農地)を持たない」=「無産の,貧乏な」である.実際のAclerisさんがどうなのかは寡聞にして存じ上げない.