クワゴモドキシャチホコ,“Gonoclostera timoniorum”。
種小名“timoniorum”について,平嶋『生物学名辞典』では
種小名:恐怖の,の意で,(ラ)timor=timos(恐怖)に由来する造語であろう。(p.63)
とするが,でも普通に考えれば,「人間嫌い」の代名詞である古代アテネの Timôn を連想しそうなもの。Wikiに誰も書いていないのでバウダー『古代ギリシア人名事典』(原書房)から引用。
不幸な体験の結果,世間を避け,女を除いてすべての人間を憎んだということが,アリストファネスによってはじめて言及されている。(p.225)
その他,プルタークやルキアノス,シェークスピアにも出てくるというからただ者ではない。
このぐらい有名だとラテン語の辞典にも出てくる。ここから本題。
人名を種小名に用いる時は属格(〜の)がしばしば用いられる。例えばエサキモンキツノカメムシの Sastragala esakii は,esaki(江崎)に属格の活用語尾“i”がついたもの。「江崎のSastragala」ということになる。
現代人の人名については機械的に,男性なら“i”,女性なら“ae”,夫婦のような複数人には“orm”をつけることになっている。
(A) Timonについて,「(ティモンのような)人間嫌いの人々」と解釈して複数の属格を作ると,“timonorum”になって“timon「i」orum”にはならない。
(B) でもTimonは古典人である。ちょっと話が違う。彼らの固有名詞は平気で活用変化する(学生の頃,今はどこかの大学で哲学教授をやっている先輩が口頭試問で「ソクラテスを活用してみるように」とやられたと聞いた)。
というわけで,Timon の属格(=ティモンの)は Timonis。更に複数属格は“Timonium”。“timoniorum”とは全然違う。
おかしい。どうしてこんな語尾になるのか分からない。上記の平嶋氏の解釈はここに根拠を持つのだろう。
もう一つ可能性があって,命名者の Bremer が故意か誤謬か分からないが文法をはずしていることである。
『大図鑑』の「SYNONYMIC CATALOGUE」(Ⅱ,p.300)を見ると,Bremer が“timoniorum”を記載したのが1861年。その3年後の1864年に,同一種について“timonides”という名称(現在は無効名とされる)を用いている。
“timonides”は「ティモンの子孫」の意であって,Bremer が“timoniorum”において Timon を念頭に置いていたことの傍証になると思う。
(Bremer がラテン語のミスに気づいて訂正綴りを発表したものなら面白いのだが,1864年の報告文はネット上に見つからず参照できなかった。)