ムラサキシャチホコ(Uropyia meticulodina)の学名について

 仕方ないので記事書きの準備。ムラサキシャチホコの学名。これがやたら面倒くさい。

 Uropyia属のタイプ種は Uropyia meticulodina 。この蛾について命名者のStaudingerは次の様に記述している。拙訳。

(幼虫について)
最後の節には2本の尾状の突起が出ており,それは Harpyia属や Uropus属に類似しているが,前者よりも幾分短く,後者よりは幾分長い。(Mémoires sur les lépidoptères,vol.6,p.345)

 どうやら“Uropyia”とは“Uropus”と“Harpyia”との合成であるようだ。
 Harpyia属についてはHP「蛾の学名−シャチホコガ科 Harpyia属」参照。
 Uropus(=尾の脚)属は,現在は Dicranura(=刺又状の尾)属に戻されている。日本には分布していない。

 せっかく成虫が見事な擬態を示しているのに,人々は幼虫の尻にしか目が行かないようだ。
 種小名も厄介。

 種小名 meticulodina について,命名者 Oberthür は,南米の蛾である Meticulodes spongiata との類似から名付けたことを明らかにしている(Etudes d'Entomologie,vol.10,p.16)。
 Meticulodes spongiata は現在は Pero属に組み込まれている。実はこれはエダシャクである。画像は見つからなかった。Pero属についてなら「Pero Ennominae」とか検索をかけると出てくる。前翅中央に帯の入った普通のエダシャクばかりである。


 “meticulodina”が“Meticulodes”に由来することが分かったが,まだ話は終わらない。語尾の“-odes”は「〜の姿をした,〜に似ている」という意味であって,さらにオリジナルが存在していることを示す。
 Meticulodes の命名者はオリジナルを明らかにしていないので推測すれば,おそらく Phlogophora meticulosa ではないだろうか。リンネの命名であって確実に先行している。
 今度はヨトウガ。日本のキグチヨトウ(Phlogophora beatrix)に似た蛾である。中央の褐色帯が,Pero属に似ていないこともない。


 というわけで,「シャチホコガ」←「エダシャク」←「ヨトウガ」と,名前の由来はたらい回し。


 それじゃあ根本に戻って,“meticulodina”をどう日本語化するかというと,“-inus”が“-odes”同様に類似を表す接尾辞だから,えーーーと…。真面目に解きほぐせば入れ子になる。
 「meticulosa(=臆病な)種に似たものに似たもの」?


 ムラサキシャチホコは翅ばかりではなく,種小名からして何か別の存在であろうとしているようである。


 それにしてもムラサキシャチホコネタでこんな記事を書いているのは,虫ブログ界ではわたしだけだろうな。だいたい現物はまだ未見だし。