『Theatrum Insectorum』の「蝶蛾」を読む。(4) Index。

 迷走しているのだけれども,考えなしに行き当たりばったり調べごとをしているので仕方ない。モフェット(Thomas Moffet 1553-1604)*1の『昆虫の劇場』(1634,死後出版)については発刊まで波瀾万丈の経緯があって,しかも複数の資料提供者たち(Wotton,Gesner,Penny)が,またそれぞれ結構面白かったりして困る。
 そういった事どもを(わたしにとっては楽しいのだが)記述しているとそれだけで数ヶ月は確実にかかる。わたしはすでにアリストテレスと大プリニウスからそのことを学んだのであるから,同じ過ちを繰り返してはなるまい。
 
 確認。本項の目的は,「博物学ブーム」以前の17世紀初め,昆虫学書の端緒に位置する『昆虫の劇場』の「蝶蛾について」(および幼虫関係の章)を紹介することにあったのだった。
 
 でも,せっかくだから,目次から始めよう。補遺の図版3ページを入れれば330ページの大著である。全訳する気はぜんぜんないのだが,鳥瞰しておく価値はあるだろう。
 この目次を見てワクワクテカテカする人*2はちょっとアレなのであって,ナンジャコレハとヘキエキする人の方がまともである。
 ちなみに,目次のタイトルと,本文の章題とは微妙に異なっている箇所が幾つもあるのだが,ここでは目次に従う。また『昆虫の劇場』には1658年にJ. Roland による英訳がある(この早さを見ると,『劇場』はかなり評判になったのだろう)で,そちらも少し参考にしている。何だか分からないギリシア語の昆虫名については,アリストテレス,『動物誌』,島崎三郎訳の解説を一部参照している。それでもまだ間違いがありそう。ご指摘いただければ幸いである。
 使用テクストは,以下ことわりのない限り,「The Biodiversity Heritage Library」から,Moffett, 1634, Insectorum sive minimorum animalium theatrum である。
 
<第1巻>

目次タイトル 訳 [ ]はyyzz2註
I De Apum nomine, descriptionn et differentius. ミツバチの名称,説明,種類について。
II De politicis ethicis et oeconomicis Apum virtutibus. ミツバチの社会,習俗,生計の能力について。
III De creatione, generatione, et propagatione Apum. ミツバチの誕生,世代,繁殖について。
IIII De Apum usu. ミツバチの利用法について。
V De mellis nomine, differentia, et usu. 蜂蜜の名称,種類,利用法について。
VI De cera, propoli, commosi, pissocera, erythace, earumque natura et usu. 蜜蝋,プロポリス,コンモシス,ピスソケロス[上記3つは巣材],エリタケー[ハチの食用となる花粉団子],それらの本性と利用法について。
VII De Fucis et Furibus. 雄バチと強盗バチについて。
VIII De Vespis. スズメバチについて。
IX De Crabrone & Tenthredine. クラーブロ[モンスズメバチ?]とテントレド[スズメバチの一種?]について。
X De Muscis. 羽虫[英語圏におけるいわゆる fly。ハエ,アブ,コバチ,トンボなど]について。
XI De Muscarum diffcrentiis. 羽虫の種類について。
XII De muscarum usu. 羽虫の利用法について。
XIII De Culicibus. 蚊について。
XIIII De Papilionibus. 蝶蛾について。
XV De Cicindela. ホタルについて。
XVI De Locusis. イナゴについて。
XVII De Cicadis & Gryllis. セミとコオロギについて。
XVIII De Blattis. ゴキブリについて。
XIX De Bupresti & Cantharide. タマムシとハンミョウ[現在のハンミョウよりも広い範囲の甲虫をさす]について。
XX De Cantharide. ハンミョウについて。
XXI De Scarabeis. 甲虫について。
XXII De Scarabeis minoribus. 小型甲虫について。
XXIII De Prescarabeo & Scarabeo Aquatico. ツチハンミョウと水棲甲虫について。
XXIIII De Gryllotalpa. ケラについて。
XXV De Pyrigeno. 火から生まれる動物について。
XXVI De Tipula. ミズグモについて。
XXVII De Forficula,sive Auricularia. ハサミムシ,すなわち耳虫[人の耳の中に入ると考えられていた]。
XXVIII Dc Scorpio Formica & Pediculis Alatis. サソリ,アリ,有翅のシラミについて。
XXIX De Cimice Sylvestri Alato. 森の有翅のシラミについて[図版ではカメムシ]。

<第2巻>

目次タイトル 訳 [ ]はyyzz2註
I De Erucis earumque differentiis & nominatim De Seribus & Bombycibus. イモムシとその種類について,とりわけカイコのイモムシとカイコについて。
II De reliquis glabris Erucis. それ以外の無毛のイモムシについて。
III De Erucis hirsutis atque pilosis. 剛毛,特に多毛のイモムシについて。
IIII De ortu, generatione, alimento, & Metamorphosi Erucarum. イモムシの発生,世代,食物,変態について。
V De Qualitate & usu Erucarum earumque Antipharmacis. イモムシの特性と使用法,その薬効。
VI De Sphondyle. スポンデュレー[不詳]について。
VII De Staphylino. スタピュリノス[不詳。ハネカクシ? ハンミョウ?]について。
VIII De Scolopendris & Iulis. ムカデとヤスデについて。
IX De Asellis. ワラジムシについて。
X De Scorpiis terrestribus. 陸棲のサソリについて。
XI De Araneorum nomine differentiisque. クモの名称と種類について。
XII De Araneis noxiis sive Phalangiis. 有害なクモ,すなわちファランギア[ドクグモ]について。
XIII De Aranco Cicure sive domestico. 大人しい,すなわち家にいるクモについて。
XIIII De certis quibusdam Araneorum speciebus ab authoribus observatis. 著者によって観察されたある種類のクモについて。
XV De generatione, Coitu, & usu Araneorum. クモの世代,交尾。利用法について。
XVI Formicarum Encomium, in quo differentia, Natura, ingenium, earumque usus describitur. アリへの賞賛,そこにおいてその種類,本性,能力,利用法が説明される。
XVII De Cicindela, & Meloe faemina, atque Anthreno, & Asello aruense. ホタル,雌のメロエー[おそらくツチハンミョウではなくホタルの類],ならびにアントレノー[不詳],畑のワラジムシ[不詳]について。
XVIII De Vermibus mineralibus hexapodis. 鉱石の六脚のウジについて。
XIX De Vermibus vegetabilium hexapodis, & primum de Arboreis. 植物の六脚のウジ,はじめに樹木のものについて。
XX De Vermibus Fructuum,leguminum, frumentorum ,Vitis, Herbarum. 果実,豆,穀物,ぶどう,香草のウジについて。
XXI De usu Vermium Mineralium vegetabiliumque, ac eorum perdendorum ratione. 鉱石と植物のウジの利用法,ならびにその駆除方法について。
XXII De animalium vermibus hexapodis, & primum de pediculis hominum. 動物の六脚のウジ,はじめに人間のシラミについて。
XXIII De Pediculis Brutorum & plantarum. 獣と植物のシラミについて。
XXIIII De Syronibus, Acaris Tineisque animalium. 動物のシュロン[ヒゼンダニ],アカリス[ダニ],ティナエ[イガ]について。
XXV De Cumice. トコジラミについて。
XXVI De Ricino, & Reduvio. マダニとレデュヴィス[ヒツジジラミ?]について。
XXVII De Tinae vestivora. 衣服を食べるシラミ[イガ]について。
XXVIII De Pulice. ノミについて。
XXIX De Apodis sive Depedibus Insectis: Ac primum de Terra Intestinis. 無脚動物すなわち脚のないものについて。はじめに土中のものについて。
XXX De Animalium Lumbricis. 動物につくミミズについて。
XXXI De Lumbricorum Intestinorum description. 腸内のミミズの説明について。
XXXII De Lumbricorum Intestinorum ortu. 腸内のミミズの発生について。
XXXIII De Signis & curatione Lumbricorum ex Gabucino. ガブキヌス[医師]によるミミズの症状と治療について。
XXXIV De Lumbricis extra Intestina nascentibus, & praesertim de Eulis. 外で生まれるミミズ,とりわけウジムシについて。
XXXV De Lendibus. ケジラミについて。
XXXVI De Aureliis & Teredine Depede. 脚のない蛹とテーレドネス[不詳。木に棲むウジ]について。
XXXVII De Aquaticis Insectis depedibus & primum de Squilla. 脚のない水棲昆虫,はじめにエビについて。
XXXVIII De Locusta,Scorpio, Notonecto, Cicada, Anthreno, Forsicula, Lacerta, Corculo, & Pediculo aquatics. 水棲のイナゴ,サソリ,ノトネクトス[背中で泳ぐもの],セミ,アントレーノ,フォルシキュルス[二叉のハサミを持つもの],トカゲ,コルキュロス[不詳。直訳すれば「小さな心臓」。英訳はそうしている],シラミについて。
XXXIX De Pulice sive Asello & Scolopendra marinis. 海棲のノミすなわちワラジムシと,ムカデについて。
XL De Insectis aquaticis Depedibus, ac primum de Oripe. 脚のない水棲昆虫について,はじめにオリペス[トビムシ?]について。
XLI De Hirudine. ヒルについて。
XLII De Lumblcis Aquaticis. 水棲のミミズについて。

 
 基本的に「長っぽくて小さい(脚のあったりなかったりする)もの」はウジである。「長くて大きいもの」ならヘビ(serpent)に分類される。ヘビもドラゴンもにょろにょろした魚も図版を眺めていると,当時はすべてセルペントである。昆虫だって,そんな話の流れの中に置かれておかしくない。
 "insect"のみを単独で取り上げたモフェットは,それことだけでも,ルネサンスの動物学からは一歩を踏み出した人物と言えるだろう。
  

*1:この人物は綴りが一定していない。Moffet, Mouffet, Muffet の他,”f”や”t”の数も2つだったり1つだったりする。当ブログでは最も簡単な”Moffet”を用いる。とはいえ,スペルを見る限り「ムフェット」の方が正当なカナ表記かもしれない。

*2:例えばわたし。だって面白そうである。ミツバチについてはアリストテレスや大プリニウスでお腹一杯ではあるが。