フユシャク亜科 Inurois の解釈私案。

 シャクガも残るはフユシャク・ナミシャク・ヒメシャクである。まずフユシャクから始めようと思っている。フユシャク亜科は日本には2属しかいない。Alsophila と Inurois。後者の方が種数が多い。とりあえず調べ始めて,Inurois でつまずいた。
 
 最も頼りにしている Jeager本や Emmet本には出てきていない。困ったなあというところ。
 それで日頃はあまり参照していない,平嶋義宏(2007),『生物学学名辞典』を見ると,Inurois は3箇所で取り上げられていて,

(p. 364)… Inurois fumosa ウスモンフユシャク
(…)属名:(ラ)inuro 焼印をおす;害悪をひきおこす + -is. または,(ラ)in- 否定 + (ギ)oura 尾 + -is . (…)
 
(p. 524)… Inurois tenus ホソウスバエダシャク
(…)属名:(ラ)in- に向かって,または,否定 + (ギ)oura 尾 + -is. 蛾の尾端の状態から.(…)
 
(p. 661)… Inurois membranaria クロテンフユシャク
(…)属名:(ギ)in- 否定 + (ギ)oura 尾 + -is. (…)

 互いにソゴがあったり,「または」が錯綜していたりして,結局よく分からない。
 また,「蛾の尾端の…」というのは♀個体のコーリング用の尾毛を指すのだろうが,ところが原記載(Butler, 1879, Ann. Mag. Nat. Hist. (5) 4 : 445)には,Cheimotobi brumata(現在は,エダシャク亜科の Operophtera brumata)との「翅脈の相違(多くの翅脈で異なる枝分かれをしていたり,なくなったりしている。つまりは全然違うということ)」についてのみ(その他の点ではほとんど同じと)述べられており,♀個体についてはノーコメントである。♀標本も所持している記載があるから,要するに関心をひかなかったということだろう。そこを根拠に命名するものだろうか。そもそも Inurois の♀の尾にも(ネット上の諸画像を見る限り)毛の房は存在している。
 
 というわけで,平嶋解釈を採らない。代案を出す。とはいえ決定版1つには決まらない。難しい。
 まず“in-”はラテン語の否定の接頭辞で決まり。ギリシア語なら普通は“a-”で否定しそうなものである。“innnu...”でnが重複するので1字省略されている。
 後節が勝負になるが,いずれにしても接尾辞“-is”の据わりが良くないので,この学名はかなり恣意的な造語であるといえる。この具合の悪さは平嶋説でも同じ。

  1. ラテン語の“nurus”(義理の娘)を否定したもの。「義理の娘ではないもの」。義理の娘ならともかく,「ではない」のなら原記載の Cheimotobi brumata とはどうも上手く繋がらないように思われる。
  2. バトラーが翅脈にこだわっていることから,ギリシア語の“neuron”(神経,脈)を否定したもの。「脈のないもの」。バトラーは英語圏の人間であるから,発音から“e”を略してしまう可能性がある。

 わたしの立場では,とにかく「原記載文」を最大のヒントにして学名を読み解いていきたいと思っている。2番目が押し。
 
 フユシャクは日本には2属しか分布していないのだけど,調べ出すと面倒である。多くの蛾屋さんは寒いフィールドで一生懸命♀探ししたりしているのだろうけど,ネットサーフィンや文献読みもそれなりには大変なのである。こちらが傍流なだけで。
 
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