Euphyia属,Eupithecia属(a〜q)まで更新。絶望のカバナミシャク(1)。
カバナミ調べがやっぱりしんどい。職場のPCが年度替わりでサーバーが異常に重くてすぐにタイムアウトする。夜は仕事の夢で毎晩うなされる。
でもHP更新。
フタテンツマジロナミシャク Euphyia unangulata についてHPでは
おそらく,前翅の黒帯から中央部の白帯に向かって「一つ」山型に突出していることから。「二つ山」の E. biangulata 種とセットで命名されたものと思われる。
したがって,学名を訳して和名を作るなら「ヒトカド」となるところだが,E. biangulata が日本未産であって「ヒトカド」としてもその甲斐がない。E. unangulata の斑紋がハコベナミシャクよりも明瞭なことから「フタテン」とされたのだろう。
日本に分布する同属のハコベナミシャクが「一つ山」なのもまずいんだよなあ。
ザイツから比較画像をあげておこう。Seitz, 1915, Die Gross-Schmetterlinge der Erde 4,pl. 10。
Euphyia unangulata
(Cidaria unangulata)
Euphyia biangulata
(Cidaria picata)
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Eupithecia 属は,地味で,小さくて,沢山飛来してきて,しかも,たいていはスレモノで素人には絵合わせ不可能なため,陰で「ゴミシャク」呼ばわりされている。ナミシャク前半戦のヤマであり,HPでもその種数の多さから6ページに分割をよぎなくされた。まずそのうちの4つ。
まず「Eupithecia」の話から。
図版は,属名の原記載文に付せられたもの。Curtis, 1825, British entomology 6 (この本にはページが打たれていない)。
(拡大)
http://biodiversitylibrary.org/page/8222338
Eupithecia linariata。北部ヨーロッパの蛾で,日本には分布していない。
これだけ見るとまあまあ(美麗と感じるかはともかく)良さげな蛾である。カーティスは「The beautiful Pug」の英名を掲げている。カバナミシャクの類を英名で「Pug」と呼ぶのはここから由来すると思われる。
「Eupithecia」はギリシア語的には簡単で,「良い,かわいい pith&ecic;kos」である。ピテークスというのは「アウストラロピテクス」や「ピテカントロプス」の「ピテクス」で,これは「猿」。「蛾」が「猿」だというのも妙だし,英名でパグといえば例の犬のことだから,様々な解釈がなされている。
考えて分かることではなさそうだし,わたしのような非才は時間をかけて調べるしか生きる道がない。本を調べよう。Emmet の The Scientific Name of the British Lepidoptera, 1991, p. 173 から拙訳。(これは学名調べにえらく便利な本の一つである)。
(……)ピテークス,ピテーコスは,こびと(dwarf)。この蛾の,魅力的な外見とサイズの小ささに由来。「これらの可愛い蛾はもっとも普通種で,(ハワース氏〔*1〕が観察しているように)生体は休息時には,とまっているものの表面に貼り付いてその翅を美しく伸ばす,優雅な姿勢を特徴とする。われわれの標本箱にロンドンの収集家からもたらされた蛾を展翅する時と同じ形である」。カーティスは,ピテーコス・ピテーコウつまり猿から命名しているが,しかしカーティスは意図を説明していない。わたしは彼を「全文」引用したが,猿とすべきような考えがカーティスの頭の中にあるとは思われない。というわけで,この解釈を採らなかった人々は,次のように説明している。ハワースは,この蛾がパグと呼ばれるのは,後翅が前翅よりも短く,パグ犬の下唇が上唇よりも短いのとちょうど同じだからと述べている。「パグ」の語はもともとは「ゴブリン(小鬼)」の意味であって,猿だけではなく犬に用いられるようになったのだろう。カーティスがわざわざ動物に乗り換えるとは,わたしにはとうていありそうもないことに思われる。「普通名」のタイトルの章で,マックロード〔*2〕は,ここでは「パグ」はもともとの意味の「猿」として用いられており,したがって学名 Eupithecia は単純な翻訳にすぎない,と書いている。「パグ」は実際は少なくとも16年後に入ってきた名称〔*3〕であり,「猿」はもともとの意味ではない。
訳注
〔*1〕Adrian Hardy Haworth,1767-1883。イギリスの大物博物学者。
〔*2〕R. D. Macload。エメットに先行する学名解釈書である Kye to the names of British Butterflies and Moths, 1959 の著者。エメットの本は彼に対する批判書の意味を持つ。
〔*3〕イギリスへのパグ犬の渡来については,サイト「パグのルーツ・パグクラブの発足・パグの理想・犬の歯の咬合わせの種類」が詳しい。
当HPでは,エメットの「こびと」説を採用している。「pug」を英和辞典で引いても,「こびと」の意味は残っているのであるし。
ヒュブナーやバトラーの図版では,カバナミシャクは結構美しく描かれていて,わたしの知っているそれとはどうも違う。
Eupithecia がその恐ろしさを顕現するはドイツの研究者の Staudinger や Dietze の図版においてである。
Dietze, 1910, Biologie der Eupithecien: 71
(拡大)
http://biodiversitylibrary.org/page/42454245
地味だー。蛾屋の集まりでしばしば見かける,誰かの標本箱をホーフツとさせる(実際はミクロが詰まっていてこれ以上にひどい)。
まだカバナミシャクは終わらないし,ナミシャク全体で1/3にまだ達していないし,「Scriba」を求めて『江崎悌三著作集』を購入せねばならないしで,とても新学期の授業開きどころではないのである。