「月刊むし」2007年9月号.

永幡嘉之「極東アジア昆虫記13 デルスウの森へ(中)」

アイヌホソコバネカミキリについて、ロシア沿海州の森の中で)
それにしても、ネットを出さずに一連の行動を見守ることの贅沢さを思う。メスが飛来し、産卵を始め、そこにオスが飛来して交尾しようとする。これが北海道なら、木々を人がとりまき、ネットが林立し、飛来すればたちまち長竿が打ち振られる。ここは通い詰める人もいないし、我々もほんの数日で去ってゆく。


 いやー,大変だなあ.カミキリムシも人間も.


 わたし自身は採集はしないけれど,採集に対して批判的では全くない.本当に虫が好きなら,捕まえて殺して味わいつくすのが本来だと思う.虫に関する知識も情熱も,結局は標本を作る人間にはとてもかなわないとつくづく感じることが多い.


 わたしがカメラのファインダーをのぞいている時,そこにわたしが見ているのはきっと「具体的な虫」ではなく,しばしば「何か別のもの」であるような気がしている.それは「過去に失われた何か」かもしれないし,「理念のようなもの」かもしれないし,「自分自身の姿」であるのかもしれない.
 虫なんて本当はどうでもいいのかもしれないと時々思う.「自分の(魂の)為の営為」.


 今夜も贅沢な時間をすごしに行こう.


 カメラを構えた瞬間に逃げられてしまってもかまわない.そういう縁だったのでしかない.縁があれば必ずまた出会うはずだ.それは明日かもしれないし,来年かもしれないし,10年後なのかもしれない.あるいは数10年後,数100年後のことかもしれない.
 その頃は,きっと互いに今とは異なった存在形式であることだろう.別にそうであっても,わたしはかまわない.


 −−−−−−−というわけで夜の部へ−−−−−−−−