ナミシャク特集(5),(ミヤマ/キ)アミメナミシャク.

 名称というのは人間が勝手に付けたものであるにもかかわらず,人間はその名称を通じてしか対象を上手く捉えられなかったりする.路傍の名もなき雑草は,いつまでたっても雑草であり続ける.名辞を越えて対象に近接することができるのは,ある美的な体験においてでしかない.


 蛾だって同じことである.同定して種名を知って,そしてその蛾への理解が始まる.子どもですら,関心を持った虫や鳥に自分たち用の名前をつける.
 名称のないものは,おそらく理解をすり抜ける薄気味悪いものであって,無限の可能性を持ってこちら側の領域を侵犯しかねないものなのだろう.


 これは同定しきれない蛾.ミヤマアミメナミシャクキアミメナミシャクかどちらか.

 07年08月19日.前翅長15mm.
 講談社『蛾類大図鑑』ではこう記述される.p.485.

(ミヤマアミメナミシャク)
次種と非常によく似ているが,♂の後翅表面中室端に赤褐色斑があり,その部分に黒鱗を散布する.

(キアミメナミシャク)
♂の後翅表面には特殊な鱗粉による斑がない.その他の点で外観上前種と区別することは難しい.

 後翅については「みんな蛾」で「ミヤマアミメナミシャク」と「キアミメナミシャク」を見比べていただきたい.
 それでもやっぱり♀個体だと区別が付かないわけで,結局は解剖して交尾器を見なければならない.「切る」ところまではしない,ましてや「撮影専」の愛好家にとっては金輪際同定不可能ということである.
 2種にまで絞りこんで「(ミヤマ/キ)アミメナミシャク」という指定ができるだけでも,十分に幸運なことなのかもしれないとは思う.多くのミクロ蛾は絞り込む以前のレベルなのだから.


 面白いのが,先行する図鑑が「前翅で同定する意志」を示していることである.
 保育社『蛾類図鑑』.

(キアミメナミシャク)
前翅の黄色線は前種(引用者註:ミヤマアミメナミシャク)よりもやや明るい色をしている.前縁の中央付近から出る2本の横線は大体平行して走るが,前種では,前縁部で接近し,次第に離れることが多い.
(p.214)

 北隆館『昆虫大図鑑1』.

(ミヤマアメナミシャク)
次種(引用者註:キアミメナミシャク)とたいへんよく似ているが,多くの場合2重の外横線(そのなかを細い線が通ることが多い)が前線でいっそう開いている.
(p.193)

 要するに,3本の線の真ん中のものが,傾いているとかいないとかということだろう.
 ネット上で画像を散々見比べたが,分かる人はほとんどいないと思われる.少なくともわたしには全く区別できない.



 08年06月27日.
 学名はミヤマアミメナミシャクが Eustroma aerosum ,キアミメナミシャクが Eustroma japonicum .
 属名は「eu- 良い」+「strōma」.ストローマというのはシーツとかベッドカバーを示す語のようだ.翅の模様がそういう連想を産んだものか.
 そういえば近縁種のアミメナミシャクの英名は「Netted carpet」(網模様の敷物)である.
 aerosum は「銅で一杯の」.黄色部分の色から? japonicum は「日本の」.