『英国産鱗翅目の学名』から(7).

<4−4>リンネによる分類と現在の分類との齟齬.「ハマキガ」と「イガ」.

  • (つづき)
  • すべての「ハマキガ」が「平らで小型」ではない.とまっている時に翅を屋根型にするものや翅を巻くものもいる.
    • 多くの翅を巻く種が「イガ(Tinea)」の語尾「-ella」を与えられた.
      • Hydya salicella [画像](UKM) ※ヒメハマキの仲間.日本には分布しているが和名なし.
      • Retinia resinella [画像](SVF) ※これもヒメハマキ.和名なし.
      • ※すべてのヒメハマキが「イガ」とされたのではない模様.ヒメハマキは難しくてねえ.
    • ツトガ科ツトガ亜科とメイガ科ツヅリガ亜科は,Fabriciusが比較的早期(1798)にTinaeから移動させて,新しい分類を起こしている.
  • ヒロズコガ上科(Tineoidae)も翅を巻くものばかりではない.
    • たとえばDepressariidae(ヒラタマルハキバガ類)は,翅を腹の上に平らにたたんでとまる.
      • 従って,「ハマキガ」に分類され,Fabriciusは「-ana」語尾の「depressana」の学名を与えている(1775).
      • Depressaria depressana [画像](SVF) ※日本には当該種なし.
      • ※ヒラタマルハキバガは,「キバ」を知らない初心者なら100%ハマキだと思う.
      • 1798年,Fabriciusは「depressis」と改めている.現代の「国際学名命名規約」では,分類の移動は認められるが,語尾の変更の方は認められない.
  • 種類に応じて語尾を揃えようとする誘惑は著しい.
    • 例えばHaworthは1802年,「カイコガ Bombyces」の語尾を「-us」に,「ヤガ Noctuae」の語尾を「-ina」となすべきだと主張した.
    • 彼は,例えば「vinula」→「vinulus」,「pronuba」→「pronubina」のような整形に取りかかっている.
      • Cerura vinula [画像](UKM) ※日本に当該種なし.モクメシャチホコの類.
      • Noctua pronuba [画像] (UKM) ※日本に当該種なし.ヤガ科モンヤガ亜科.ヨーロッパではメジャーな蛾.
    • 彼の試みは短命に終わった.
      • ※それはそうだろうなあ.分類自体がゆらいでいるのだから.
  • ※日本の和名においては,このような試みが実現している.
    • 保育社『蛾類図鑑下』の「ヤガの和名について」(p.80)

ヤガはきわめて種類が多く,いろいろの亜科に分けられながら,従来の和名はかなり統一性を欠いていた.それらがもしシャクガ科のようにアオシャク,ナミシャク,エダシャク,ヒメシャクなどと語尾が統一できれば非常に分かりやすいのではないかと思われたので,本書初版では思い切って,なるべく亜科ごとにまとめるように改称した.もっとも根本的に改めることは徒に混乱を招くもとになるので,語尾を改めることにとどめたものが多い.(強調引用者)

  • ※もっと根本的に変えたかったのだろうか.
  • ※分布する虫のすべてに和名をつけようとする国柄だからこそできること.ユートピックな事態である.
  • ※欧米では言語的に「学名」のままでも違和感が小さいのではないか.あるいは,「虫」に関心を持つような(少数の)人々は当然のように「学名」をこなせるレベルにあるのかもしれない.
    • ごくごく一般の人が「こんな虫を見つけましたが何という名前でしょうか」といった投稿をする国は他にないかも.
  • ※原著では,この後「リンネ以後の,各国での種の調査の状況」が述べられるが割愛.誰がどこの国の鱗翅のリストを作ったとかそういう話.
  • ※次回はいよいよ「属 genus」に.