札幌出張報告(2)。

(承前)
 研修会受付は昼から。午前中にやることは移動とモーニングの朝食とラテン語の文法書読みだけ。文法書は面白い。知識がどんどん増えていって,読めないものが読めるようになっていく感じがいい。どうして高校生は勉強が面白くないんだろう。


 講演は「はやぶさPM」の川口氏。話のレベルが落とされている印象。講演後に出された質問が,アポロ月着陸陰謀論についてのビリーバー的なもの(化学の教員だそうな)だったところを見ると,適切なチューニングだったようだ。ああ。高校教師のレベルは低い。『人類の月面着陸はあったんだ論―と学会レポート』ぐらいは読むべき。


 終了後,脱兎のごとくホテルに戻って読書。


 著者は「目玉かかし」の人。カイヨワや坂崎乙郎といった,20代の頃に熱心に読んだ,わたしになにがしかの影響を与えた名前が出てきてとにかく懐かしい。
 実験のムクドリが大きな目玉模様を付けたカイコ幼虫やクスサンを避けるのは,彼らにとって「気味が悪い」からかもしれないと。鳥が目玉模様の昆虫を避けるのは,

目玉模様を進化させた,食うものと食われるものとの関係にも,人間の幻想芸術の発展に見られる,見慣れないものから気味悪さ,さらに恐怖へと進む共通のロジックが貫かれていたのかもしれない。〔p.84〕

 鳥の意識なんて分かりっこないのだが,鳥も人間も頭の中の奥の方では大差ないに決まっている。
 実験での6羽のムクは個体差が甚だしく,ほとんど平気でクスサンをパクパク食べる鳥から,明らかな恐怖を示す手合いまでいたという。
 考えてみれば人間だって,タコやナマコを初めて食べた人間から,そんなことは全然思いつきもしない人間までいただろう。そのぐらいの個体差がないと,誰もが平気で妙なものを平気で口にして,それが案の定有害だった場合に人類はたちまち滅亡してしまう。人類の可食領域を広げていく尊い(見ようによっては軽率な)犠牲も沢山あっただろう。鳥も同じことだと思う。



 こちらも一気に読んでしまった。データ分析の箇所を読み飛ばすから早い。

耐性の昆虫学

耐性の昆虫学

 ここでも個体差。生物は機械かもしれないとしても「遊び」の大きい機械である。

 本種〔クリシギゾウムシ〕の幼虫には長期休眠するものが混在しており,それらは数年にわたってばらついて休眠覚醒する。休眠覚醒後はすみやかに発育して羽化する。2001年に果実〔ドングリ〕から脱出した幼虫を雑木林の土中に潜らせて観察したところ,2002年に71.1%,2003年に28.0%,2004年に0.3%が羽化した。〔p.221〕

ササウオタマバエ〔笹に虫こぶを作るタマバエ〕は,前蛹の状態で長期休眠する。地域や年次により休眠率は異なるが,札幌市で1974年から1983年に行われた調査によると,1年1化,2年1化,3年1化の割合は,それぞれ1〜3割,4〜6割,2〜4割であり,4〜5年1化の個体も数パーセント見られた〔…〕。〔p.237〕

 こういうきっちりしていない話は大好きである。環境の短期的な変動に対する緩衝としての機能を持つと考えられるが,これはどうしたって立派な「個性」だろう。生態研究が種レベルを対象とするのでなく,各個体の「顔の見える」ものになってくれば楽しい。
 スピノザの落下する石のように,ゾウムシも彼自身の自由意志で眠り込んでいるのかもしれない。


 こんなことを考えながら,札幌も残り1日。
(続く)