プリニウス『博物誌』第11巻第7章の邦訳について。

 インド帝国の人探しにほとほと倦み疲れて,とりあえずMouffetに浮気中である。目次を読んでいて,ミツバチの巣の分からない用語が出てくる。わたしは「プロポリス」ぐらいしか知らないよ。困ったときにはアリストテレス*1プリニウスである。少しでも時代が近い方がいいだろうと考えた。
 というわけでプリニウス『博物誌』に当たってみよう。

プリニウスの博物誌〈第7巻~第11巻〉

プリニウスの博物誌〈第7巻~第11巻〉

 えーと。不幸にして何を言っているか分からない。

これらの物のほかに一つの収集物を,ある人はサンダラックと,他の人々はケリントゥスと呼ぶが,それはエリタケからできている。これはハチが働いているとき食物の用をするもので,よく巣の空所に蓄えてあるのが見られる。そしてそれ自身はまた苦みのあるものだが(…)
(p.481)

 日本語の座りが悪い。「エリタケ」って何だろう。説明がない。もしかしてキノコ? わたしは知らないなあ。
 理性的存在によって書かれた文章なのだから,意味不明なのはおかしい。そういう時は翻訳を疑うべきなのが基本。しかも「ガイウス・プリニウス・セクンドゥス - Wikipedia」にはこんなことまで記述されていた。

邦訳:『プリニウスの博物誌』全3巻、中野定雄・中野里見・中野美代訳、雄山閣、1986年がある。ただし、これはLoeb Classical Libraryの英訳からの重訳であり、用語の問題や誤訳などが散見されるため、引用の際には注意が必要である。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%8B%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%BB%E3%82%AF%E3%83%B3%E3%83%89%E3%82%A5%E3%82%B9

 ええー。やっぱり原文を読まなければダメかあ。面倒だなあ。

Praeter haec convehitur erithace, quam aliqui sandaracam, alii cerinthum vocant. hic erit apium dum operantur cibus, qui saepe invenitur in favorum inanitatibus sepositus, et ipse amari saporis.

http://penelope.uchicago.edu/Thayer/L/Roman/Texts/Pliny_the_Elder/11*.html

 ついでにPerseus版の英訳も参考にしておこう。Loebの訳よりは新しいはず。

In addition to this, the bees form collections of erithace or bee-bread, which some persons call "sandaraca,"1 and others "cerinthos." This is to serve as the food of the bees while they are at work, and is often found stowed away in the cavities of the cells, being of a bitter flavour also.

1 Different combinations of the pollen of flowers, on which bees feed.

http://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus%3Atext%3A1999.02.0137%3Abook%3D11%3Achapter%3D7

 やっぱりだあ。明解な説明文じゃん。邦訳は誤訳に近いレベルである。この本高いんだよ。
 拙訳だとこう(あえて直訳,のつもりなので日本語は下手。解釈ミスの上塗りがあったらごめんなさい)。

 これらの他に,エリタケー(erithace)が集められる。これを,ある人々はサンダラカ(sandaraca)と,また異なる人々はケリントス(cerinthos)と呼んでいる。これは働く時の蜂の食物となる予定のものであって,しばしば空きのある部屋に区別して入れられているのが見られる。それ自体は苦い味がする。

 
 中野訳のもとになったLoeb版も見つけた。引用しておく。

Besides these things a collection is made of store of food. erithace, which some people call sandarach and others bee-bread; this will serve as food for the bees while they are at work, and it is often found stored up in the hollows of the combs, being itself also of a bitter flavour,(…)

https://www.loebclassics.com/view/pliny_elder-natural_history/1938/pb_LCL353.443.xml

 どうやら難点はこちら由来である。邦訳には英訳にない「cerinthos」を補っているから,訳者は原文を一応参照してはいる。でもあの日本語はどうしたって変である。「ロエブ」って,ちょっとした権威かと思っていたら結構怪しいんだな。
 
 当然だけれども,あらためて原文にあたる必要性を痛感。あああああ。
 若い頃にもっと語学に時間をかけておくべきだったと後悔しても後の祭り。今回も,このたった数行を読むのにどれだけどれだけの時間を費やしたことか。
 ラテンもドイツもギリシアも,勉強する環境(教えてくれる親切な先輩が幾らでもいた)と時間は十分にあったんだよ。でも酒びたりでした。
 □丶(〃´Д`)_ < hic!
 こうやって人生を中途半端にしてしまったんだな。
 
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*1:『生物発生論』の訳も入手。これでバッチリである。