番外編。中世におけるワニチドリ伝説の発展について。(4/4)
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さて,ワニチドリの続き。次は1240年。Bartholomeus Anglicus の『諸物の特性について De proprietatibus rerum』。良きにつけ悪しきにつけ,ルネサンスで広く用いられた百科事典的自然誌本といってよい。
バルトロメウス=アングリクス(英訳すれば「イギリス人バーソロミュー」)は13世紀フランシスコ会派の学者。主著『De proprietatibus rerum』はネットで原本を見られるのだけれども,ヒゲ文字ラテン語で全然ダメ。これを解読したければ命がけになる。この本は14世紀の John Trevisa の英訳で読むのが基本である。これでも実際は大変なので,16世紀のStephen Batman の校訂本を使う。 http://quod.lib.umich.edu/e/eebo/A05237.0001.001/1:22?rgn=div1;view=toc
(16世紀とはいえ,綴り字だけ取り上げても相当つらい。「中英語」の本を買おうかどうかかなり迷った。結局買わなかったのだが)
ネッカムによって教訓話になったワニチドリ・ワニ譚はバルトロメウスにおいては次のような決定版となる。
ワニは極めて大食らいである。そうして腹を満たすと,水際に横たわって満腹のためふうふう息をつく。するとそこに小さな鳥がやってくる。この鳥は彼ら(エジプト人)にはクスキルロス(Cuschilios),イタリア人には鳥の王とよばれている。この鳥がワニの口の前に飛んでくるので,しばしばワニは嫌がってこの鳥を追い払うが,最後には鳥に対して口を開け,入り込むことを許す。するとこの鳥ははじめは爪でやさしくワニを引っ掻いて,引っ掻かくことで心地よさを感じさせていく。そしてすぐにワニは眠りに落ちる。このクスキルロスという鳥はそのことを知っていて,この獣が眠ったと見て取ると,すぐにワニの腹の中に下りていく。ただちに,あたかも投げ矢のようにワニを突き刺し,ついばみ,非常に耐え難い非常な痛みを与えるのである。
http://quod.lib.umich.edu/e/eebo/A05237.0001.001/1:29.34?rgn=div2;view=fulltext
ネッカムの露骨な説教は姿を消しているが,それにしても見てきたような語り口である。見てないに決まっている。
わたし個人としては,突然マングースが乱入してくる大プリニウスの不条理さが好きだが,まだ不条理文学の時代には早い。バルトロメウスの方が大衆的に分かりやすいのは確かである。
さて,例によってだらだらと続けてきた。要するに,ルネサンスの自然誌の記述スタイルに慣れようというもの。若干の覚え書き。
○「伝聞」と「事実・経験」との差異に関心がない。「先行する権威」のリライト,あるいは「有益な付加の有益さ」が重要である。
○すぐに教訓話になってしまうのは,「人間の領域」と「人間以外の自然界の領域」とが「神の秩序」のもとに統一的に把握されるからである。「人間と自然が照応」すると言ってもよい。
モフェットは過渡期の著者である。むしろ,彼の早世した協力者であるペニー(Thomas Penny)の方が科学観では先行しており観察対象の年時,地域などのデータを記載していたが,どうやらそれらをモフェットは蛇足であるとしてカットしたものらしい。確かに物語にデータは不要である。
また,以前 Antrenus について紹介した時のように,すぐ古典を引き合いに出す,面倒くさいレトリックもモフェットの仕業と見なされている。しかし,あのペダントリーこそがかえって当時の読者には親しいものなのであろう。
(この項終わり)