Moffet『昆虫劇場 Insectorum theatrum』の「Anthrenus」について(2/2)
(承前)
ここからが本題である。
Anthreri Iconem vobis offero, quem Graeci etiam anthrênon apteron vocarunt.
わたしは諸君にアントレノスの図版を示す。これをギリシア人は「翅のない蜂(アントレーノン・アプテロン)」とも呼んだ。
http://www.biodiversitylibrary.org/item/123182#page/277/mode/1up
なるほど蜂めいているともいえる。
Alii Crabronem esse reptilem conjiciunt. Alii speciem illam Phalangii, quae a Plinio pennis tantum differre a Crabrone dicitur.
ある者たちは,這うスズメバチ(狩り蜂)と考えた。またある者たちは,プリニウスによってスズメバチ(狩り蜂)と羽だけが異なっていると述べられた,例のファランギウムの一種と考えた。
ファランギウムとは,プリニウスでは徘徊性のクモである。蜂なのかクモなのか一緒くたである。おそらく,クモがinsectであった時代には,現在のわれわれとは違ってクモと蜂の距離は近い。
この虫の記述が始まる。
Rostrum illi aduncum & forcipatum, vultusque erectus. Noctuam illam cornutam (qualem in Belgio vidimus) plene exprimit; oculos habet piceos, pectus hirsutum valde & fulvidum; pedes ortu flavi, deinde fusci: octo incisuris ex rubro flavescentibus constat reliquum corpus, quas maculae in dorfo coracinae valde ornant. A summo rostro, antennae sive cornua emergunt flava, hirsuta, flexibilia, tamen tactu nonnihil dura.
箇条書きにする。
これには,鉤型に曲がり,鋏状の鼻。直立している顔。
(ベルギーでわれわれが見たような)あのミミズクを完全に写し取っている。
ピッチのように黒い眼。毛でしっかり覆われた黄色い胸部。
始めは黄色く,次いで黒ずんだ脚。
体の残りは赤から黄色になっていく8つの体節からできている。
その背中側をカラスのような黒い点がそこかしこに飾っている。
鼻の頂上に,アンテナすなわち触角が飛び出しているが,これは黄色く,毛が生えていて,曲がりやすいが,触るとかなり堅い。
黄色と赤の,警戒色に満ちた相当に派手な虫である。フユシャクではあり得なさそう。「蜂」だの「クモ」だのに分類されても,この模様ではやむを得ないだろう。
いや,そもそも,こんな虫をわたしは知らない。大体,サイズが分からないのだからどうしようもない。スズメバチや後述のワラジムシと並べられるのを見ると,小さすぎることはなさそうである。
アザミウマやクサカゲロウやテントウムシの幼虫が思い浮かぶが違いそうである。蛾の無翅の♀の派手な奴? 熱帯じゃない,イギリスの話だよ。スカシバガの無翅がいればピッタリきそうだが知らない。半翅の幼虫とは頭の形がおかしい。ハネカクシなら頭ではなく尾を erectus しそうなもの。アリガタバチもきっと×。
あるいは,女王蜂が翅を自切するとこんな感じ? でも後述のように「咬む」んだよ。
Morsum ore infert agre curabilem; nonita tamen laetalem, ut Phalangium videatur; nec ita lenem quin Crabronis superet kakoetheia.
治療を要する痛みのある咬み傷を口によってもたらすが,ファランギウムに見られるほどには致死的ではなく,スズメバチ(狩り蜂)の「悪意」を超えないほど穏やかな訳でもない。
咬むそうである。スズメバチ相当だから結構危険。
Si plura posthac de hujus bestiolae natura, moribus, & usu explorata habuero; lubentissime faciam, ut pariter mecum sciatis. Absit enim a me voluntas caelandi aliquid, quod reipub. literariae in rem siet.
今後,この小動物の本性,生態,用途についてもっと多くを解明することができるなら,諸君はわたしと一緒に知識を得ることになり,わたしには最も喜ばしいことになろう。なぜなら,学問界に有益であろうこと以外を刻印する意志をわたしは持たないからである。
ここはわかりにくい文章。英訳者も苦しんで,文を相当組み替えている。
It hereafter I can discover anything more concerning the nature of this little creature, the conditions and use of it, I shall willingly doit for the publick good; for far be it from me to conceal any thing that may make for the advancement of Learning.
意味の通りでは英訳が優る。いや,意味を通して構成したのだから当然なのだけど。
Ob similitudinem quam cum Asellis habet hoc Infecum, Asellum aruensem appellamus: reperitur enim aruorum inter segetes, pedum duntaxat numero (quippe sex tantum parvos & nigricantes habet) a reliquis discrepans; collum illi brevissimum, corpus latiusculum, compressum; cauda aliquantum mucronata.
アセルルスとこの昆虫とが類似点のあることから,我々は畑のアセルルスと呼んでいる。なぜなら麦畑で見つけられるからである。脚の数だけが(明らかに小さな黒い脚を6本持っている)残りの部分と不一致である。首は極めて短く,体は小さいが幅があり,極めて平たい。尾にはいくつも斑点がある。
アセルルスはワラジムシの類。図版程度のスタイルなら十分にワラジムシなのだろう。シデムシ系の幼虫も入ってきそうだ。でもシデムシの幼虫に黄色い毛が生えているものがいるとは思えない。
「昆虫」と「他の小節足動物」との区別はこうしてみると偉大な一歩だったのだと思う。風通しが全然違う。
ローランドの英訳ではアセルルスを「Chislep」と訳している。これがまた辞書を調べても出てこない単語でねえ。
Iulio mense agro Colcestriensi eum Pennius vidit, alias nunquam reperit.
7月,コルチェスターの地の畑でペンニウス(ペニー)はこれを見つけた。それ以後,他のものを見ていない。
コルチェスターはブリテン島の南東。
ここの記載文が Thomas Penny に依拠したものならば,ちょっと与太とは考えづらい。ペニーはこの時代としてはもっとも経験的な要素を重視したナチュラリストの一人と見なされるからである。あんな派手なのが本当にいたのかいな。7月のイギリスに? 困ったなあ。
Quem in medicina usum obtinuit nobis adhuc inexploratum est.
医術においてどのような用途を持っているのかは,今のところ我々は未調査である。
当時のナチュラリストの多くはキャリアとしては医学畑の人間である。こういう落ちになるのが至当。
結論。わたしには依然としてこの虫が何なのか分からない。上記のようにペニーが絡んでいるなら,あながちデタラメとは断定できないかもしれない。いるのかもしれない。
情報求む。
(この項終わり。さあ,またムーアだ。ああ)