Eupithecia属更新終わり。絶望のカバナミシャク(2)。Eupithecia tripunctaria(シロテンカバナミシャク)勉強会。

 
 相変わらず,「八幡の藪巡りな原記載文探し→古風な外国語とその綴り字に苦悶→そもそもあるのかないのか分からない状態での図版捜索」の魔の腕の中。それでもカバナミは何とか完了した。偉い。
 

 
 それで。
 Eupithecia tripunctaria(シロテンカバナミシャク)の種小名の意味が「点3つ」なのは少し慣れてくれば辞典を引くまでもない。
 でも,どんな具合に「ミツテン・ミツボシ」なのか分からない。ため息をつきながら「原記載文」を探して読む。ラテン語とドイツ語の並記である。つらい(特に後者)。
 わたしのドイツ語力はかなりの程度あぶないので,「グーグル翻訳」と見比べながら。独⇒英はそこそこ使える水準なのである。
 
 シロテンカバナミシャクの原記載文(Herrich-Schäffer, 1855, Systematische Bearbeitung der Schmetterlinge von Europa 6: 77)の最後の箇所。

Die Wellenlinie fuhrt schneeweisse Flecke in Zelle 1b u. 3 der Vorderflügel und in Zelle 1c der Hinterflügel.

(拙訳)
波線には,前翅の1b室・3室および後翅の1c室に雪のように白い点が入っている。

http://biodiversitylibrary.org/page/42585881

 なるほどね。そういうこと。合わせて3つ。ここまで調べがつけば一段落。
 
 ところが,例の,前回も利用した Emmet, 1991, The Scientific Names of the Britsh Lepidoptera, p. 74 はこう述べる。

(拙訳)
白い亜外縁線がしばしば途切れて3つの点になることから。

 違うなあ。確かに後述のように模様が不安定だから,エメットの言うような個体もいるには違いないだろうが,でもこれは命名者の意図ではない。
 はっきり「前翅・後翅」と書いてあるのだから,エメットは原記載を見ていないのである。
 
 エメット本にも平嶋本にもそういうことがたまにある。気づいた都度,このブログで明らかにしていきたい。
 これらの本が書かれた当時は,現時点ほどにはネット上に論文が公開されていなかったこともあるのだろう。しかし誤情報であることには変わりなく,分からないことを断定的に書いてはならない(自分に返ってくる文章だなあ)。
 特定の人以外は一次情報なんて調べないのだから,間違ったまま流通してしまうのはまずい(HPはしばしば修正している*1のだけれども,過去のブログまでは手が回らない(=忘れている)。ごめんなさい)。
 
 ところでこのシロテンカバナミシャクは,肝心の「シロテン」が不安定である。
 例えば,HPに使った,Dietze の本の画像(ディーチェは E. albipunctata としている)をすべて並べるとこうなる。

http://biodiversitylibrary.org/page/42454247
ちなみに後ろ2つは「夏型」。「シロテン」具合もいろいろな状態である。こんなものは見ても分からない。きれいに3つになんてなっていない。
 かくして多くのシノニム(異名)や怪しい種名が生み出されること必定。
 そこいらを最も厳しく判定する Lepindex ではこう。

tripunctaria Herrich-Schäffer 1857 - Valid Name
* aestiva Dietze 1913 - Junior subjective synonym
* albipunctata Haworth 1809 - Misidentification
* angelicata Barrett - Junior subjective synonym
* anglicata Gumppenberg 1888 - Incorrect subsequent spelling
* intermedia Lempke 1951 - Junior subjective synonym
* privata Dietze 1913 - Junior subjective synonym

アスタリスクがいわゆる「無効名」たち。「Junior subjective synonym」とは「捕らえた奴を新種・亜種だと思って命名したのだけれども,実は既知種だったと後で分かった」もの。そればかりか,同定違いや綴り換えまである。
 E. angelicata(食草であるワイルドアンジェリカ Angelica sylvestris 由来)とされたものの画像を,ディーチェ以外の場所からあげておこう。
 anon, 1878, The Entomologst 11: 169

http://biodiversitylibrary.org/page/11931018
 記事が言うように普通に黒化型じゃあなかろうか。読んだ範囲では,Prest 氏が手持ちの E. albipunctata の中から強引に独立させて命名したものらしく,上記アスタリスクとの対応は不明確である。
 それほどまでに錯綜していると思えばいい。あちらこちらで様々な個体がばらばらに同定・命名されているのである。(仕方ないのだけれども)ユウウツな事態である。「新種病」の疑い濃厚?
 
 ナミシャクようやく1/3ほど。先は長いし,仕事は忙しくなるし。図版探しがなければもっと楽で早いのだけどさ。
 
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*1:直近では Pingasa pseudoterpnaria (コアヤシャク)とか。これもエメットにだまされていた。

Euphyia属,Eupithecia属(a〜q)まで更新。絶望のカバナミシャク(1)。

 カバナミ調べがやっぱりしんどい。職場のPCが年度替わりでサーバーが異常に重くてすぐにタイムアウトする。夜は仕事の夢で毎晩うなされる。
 でもHP更新。
 

 フタテンツマジロナミシャク Euphyia unangulata についてHPでは

 おそらく,前翅の黒帯から中央部の白帯に向かって「一つ」山型に突出していることから。「二つ山」の E. biangulata 種とセットで命名されたものと思われる。
 したがって,学名を訳して和名を作るなら「ヒトカド」となるところだが,E. biangulata が日本未産であって「ヒトカド」としてもその甲斐がない。E. unangulata の斑紋がハコベナミシャクよりも明瞭なことから「フタテン」とされたのだろう。

 日本に分布する同属のハコベナミシャクが「一つ山」なのもまずいんだよなあ。
 ザイツから比較画像をあげておこう。Seitz, 1915, Die Gross-Schmetterlinge der Erde 4,pl. 10
 
 Euphyia unangulata
 (Cidaria unangulata)
 
 Euphyia biangulata
 (Cidaria picata)
 
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 Eupithecia 属は,地味で,小さくて,沢山飛来してきて,しかも,たいていはスレモノで素人には絵合わせ不可能なため,陰で「ゴミシャク」呼ばわりされている。ナミシャク前半戦のヤマであり,HPでもその種数の多さから6ページに分割をよぎなくされた。まずそのうちの4つ。

 
 まず「Eupithecia」の話から。
 図版は,属名の原記載文に付せられたもの。Curtis, 1825, British entomology 6 (この本にはページが打たれていない)。
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http://biodiversitylibrary.org/page/8222338
 Eupithecia linariata。北部ヨーロッパの蛾で,日本には分布していない。
 これだけ見るとまあまあ(美麗と感じるかはともかく)良さげな蛾である。カーティスは「The beautiful Pug」の英名を掲げている。カバナミシャクの類を英名で「Pug」と呼ぶのはここから由来すると思われる。
 「Eupithecia」はギリシア語的には簡単で,「良い,かわいい pith&ecic;kos」である。ピテークスというのは「アウストラロピテクス」や「ピテカントロプス」の「ピテクス」で,これは「猿」。「蛾」が「猿」だというのも妙だし,英名でパグといえば例の犬のことだから,様々な解釈がなされている。
 考えて分かることではなさそうだし,わたしのような非才は時間をかけて調べるしか生きる道がない。本を調べよう。Emmet の The Scientific Name of the British Lepidoptera, 1991, p. 173 から拙訳。(これは学名調べにえらく便利な本の一つである)。

 (……)ピテークス,ピテーコスは,こびと(dwarf)。この蛾の,魅力的な外見とサイズの小ささに由来。「これらの可愛い蛾はもっとも普通種で,(ハワース氏〔*1〕が観察しているように)生体は休息時には,とまっているものの表面に貼り付いてその翅を美しく伸ばす,優雅な姿勢を特徴とする。われわれの標本箱にロンドンの収集家からもたらされた蛾を展翅する時と同じ形である」。カーティスは,ピテーコス・ピテーコウつまり猿から命名しているが,しかしカーティスは意図を説明していない。わたしは彼を「全文」引用したが,猿とすべきような考えがカーティスの頭の中にあるとは思われない。というわけで,この解釈を採らなかった人々は,次のように説明している。ハワースは,この蛾がパグと呼ばれるのは,後翅が前翅よりも短く,パグ犬の下唇が上唇よりも短いのとちょうど同じだからと述べている。「パグ」の語はもともとは「ゴブリン(小鬼)」の意味であって,猿だけではなく犬に用いられるようになったのだろう。カーティスがわざわざ動物に乗り換えるとは,わたしにはとうていありそうもないことに思われる。「普通名」のタイトルの章で,マックロード〔*2〕は,ここでは「パグ」はもともとの意味の「猿」として用いられており,したがって学名 Eupithecia は単純な翻訳にすぎない,と書いている。「パグ」は実際は少なくとも16年後に入ってきた名称〔*3〕であり,「猿」はもともとの意味ではない。

訳注
〔*1〕Adrian Hardy Haworth,1767-1883。イギリスの大物博物学者。
〔*2〕R. D. Macload。エメットに先行する学名解釈書である Kye to the names of British Butterflies and Moths, 1959 の著者。エメットの本は彼に対する批判書の意味を持つ。
〔*3〕イギリスへのパグ犬の渡来については,サイト「パグのルーツ・パグクラブの発足・パグの理想・犬の歯の咬合わせの種類」が詳しい。

 当HPでは,エメットの「こびと」説を採用している。「pug」を英和辞典で引いても,「こびと」の意味は残っているのであるし。
 
 ヒュブナーやバトラーの図版では,カバナミシャクは結構美しく描かれていて,わたしの知っているそれとはどうも違う。
 Eupithecia がその恐ろしさを顕現するはドイツの研究者の Staudinger や Dietze の図版においてである。

Dietze, 1910, Biologie der Eupithecien: 71
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http://biodiversitylibrary.org/page/42454245
 
 地味だー。蛾屋の集まりでしばしば見かける,誰かの標本箱をホーフツとさせる(実際はミクロが詰まっていてこれ以上にひどい)。
 
 まだカバナミシャクは終わらないし,ナミシャク全体で1/3にまだ達していないし,「Scriba」を求めて『江崎悌三著作集』を購入せねばならないしで,とても新学期の授業開きどころではないのである。

ウスベニスジナミシャクに関する訂正。Episteira属・Esakiopteryx属・Euchoeca属更新。

 とにかく,こちらのブログにあげないと検索エンジンがインデックスしてくれない。HP更新の続き。

  • Episteira属
    • これも「複合属名」。Steirophora属由来でそっちは問題ない。
    • 以下はSteirophora属の話。この属は,ウォーレン(William Warren。参照:William Warren (entomologist) - Wikipedia)自ら作った属で,タイプには,Steirophora punctatissima (新種)が指定されている(原記載)。自己完結である。現在は,「Phthonoloba punctatissima」になっているのだろうが(Episteria も Phthonoloba もウォーレン新設の属である。ここら辺の蛾は彼の周りをぐるぐる回っている印象。とにかく彼は属を細分化したいタイプの人なのだろうな),画像が全然見つからない。採集地がブータンだのセレベスの標高5千フィートとが書いてあるから仕方ないのかもしれない。
  • Esakiopteryx属
    • ウスベニスジナミシャクには緑のと赤茶色のと黒いのとがいて,わたしの経験では,早春(緑)→春(赤茶)と個体数が変化している。そこから,わたしは「緑が時間につれて退色していく」と考えていたが,どうやら誤りだったらしい。わたしの昔のブログを信用しないこと(気がついたものは直した)。
    • というのも,命名者のバトラー Butler(Arthur Gardiner Butler - Wikipedia。独語が最も詳しい)の原記載に「sap-green band」とあるのである。サップグリーンというは乱暴にいえば深緑。バトラーが見ているのはヨコハマから送られてきた標本のはずだから,色褪せするならしていないはずがない。はるばる海を越えても緑色だったのである。退色は起こっていない(本当は自分で捕まえてきて実験すればいいのだが…)。
    • さらに上記記載文には続きがあって,「Var.(変種) elegans」なるものが出てくる。これは現在は単なる個体変異として E. volitans と区別されていない。こうある。

前翅の基部と中央の帯は,緑色の代わりに赤茶色である。

結論。ウスベニスジナミシャクはいろいろなのである。
 Butler, 1878, Ill. Het. B. M. 3, pl. 54 からの図版。ここでは,Lobophora volitans の名称で扱われている。

 
 仕事は全然進んでいない。しかも週末は「みちのく会」である。

地味シャク色々更新(1)。Entephria属・Epilobophora属・Epirrhoe属・Epirrita属。

 書きためていた分を放出してHP更新。
 

  • Entephria属
    • 北海道にはシロテンサザナミナミシャクが分布するが,高山蛾なので全然知らない。種小名の通り,交尾器で区別するらしい。説明は,『標準図鑑 1: 264』の方が詳しい。

♂交尾器(Fig. Nsha4-2):前種[=サザナミナミシャク]コスタは細く骨化するが,本種では幅広く骨化する。

いずれにせよ,1955年記載では画像は手に入りっこない。

  • Epilobophora属
    • いわゆる「複合学名」で,元ネタに気づけば簡単。元ネタ学名に深みではまらないつもりなら,流してしまうことができる。
    • 画像は,Lobophora属の原記載文,Curtis, 1825 . British entomology 6 : 81

 (拡大

  • Epirrhoe属
    • 画像は,Butler, 1879, Ill. typical Spec. Lep. Het. Colln. Br. Mus. 3, pl. 54, fig. 11 (Melanippe)。私の写真よりも,こちらの方が上質である。


エルンストの『百頭女』もそうだけれども,だいたいがわたしは石版の線が好きなのかもしれない。

百頭女 (1974年)

百頭女 (1974年)

  • Epirrita属
    • 命名者のヤコブ=ヒュブナーについては,いつかどこかで,きちんと紹介しておく必要のある昆虫学者だと思う。
    • たかがWikipediaではあるが,日本語での彼の項目がないのは日本の昆虫学が歴史の厚みを欠いていることの証左である。(ちなみにWikiでは11か国語あるようだ。分量は色々。さすがに生国である独語版がもっとも詳しい。わたしの独語はかなり悲惨なのでgoogle翻訳を使って英語で読んでいる。「独→英」は結構読める)。

 
 長くなって,図版やリンクが多くなって疲れてきた。出勤拒否病(いちおう風邪)の病み上がりであって気力や体力がない。期末考査や生徒に買わせる副教材のリスト作りが心にのしかかっている。
 続きは次回に。

Ecliptopera属更新。後節“-pera”について Emmet 批判。

 HP更新

 学名調べに使っている本の一つ。

The Scientific Names of the British Lepidoptera-: Their History and Meaning

The Scientific Names of the British Lepidoptera-: Their History and Meaning

 イギリスの鱗翅をほぼ網羅して学名解釈を行った本で,平嶋『蝶の学名』から恣意性を取り除いた辞典的なものと思えばいい。イギリスと日本とでの共通の属や種が少なくないので,確認のために必ずひもとくことにしている。
 
 もちろん全面的に信用するのは禁物で,ときどき首をひねらされる。
 今回の「Ecliptopera」にはずいぶん苦しめられた。Ecliptopera について彼はつぎのような(恐るべき)解釈をしているのである。

※改行及び赤字及び[  ]はyyzz2による。
(p.169)
εκλειπω(ekleipô),失敗する,欠乏する。οψ,οπος(ops,opos),眼[face]。ウォーレンは,属の記載において「眼は丸くなく,斜めに扁平で,下端部は小さな点になっている」と書いている。
 マクラウド[Macleod][エメットに先行する『Key to the names of British butterfles and moths』の著者。エメットの目的の一つは マクラウドの誤りを正すことにある]は「Eclipes,不十分な。peras,端。前翅翅頂が角が鈍いことから」とする。
 マクラウドの解釈は「翅頂の角が鈍く,ほとんど鉤型に近い」というウォーレン自身の語と矛盾している。つまり,περας(peras)は時間の終わりあるいは目的を意味するのであって,決して場所的な終わり,すなわち端を意味していない。

 さて困ったのである。エメットの解釈に従うなら,最後の最後の“-ra”が分からない。やっぱり「peras」に思えるのである。
 ウォーレンが「-pera」語尾を採用している属名は12属あって,原記載を片っ端から調べたのだが,「眼」の意味では全然使われていない(ウォーレンは「翅脈」重視派である)。百歩譲っても「Ecliptopera」にしか“ops”は使えそうもないという結論となった。「peras」がダメでも,「pera」には「小さな袋」の意味もあるから,後翅後縁の袋の線も考えたが無理筋である。
 辞書を引き直すと,「peras」に「boundly(境界)」とか「το π. ,tip」とか書いてある。常識的には「場所」である。さらにウォーレンから離れれば,例えば Hampson の「Chrysopera(金色のpera)属」は画像を見れば,これはどうしたって「翅の端っこ」に決まっている。
 というわけで,エメットのギリシア語理解が正しいとしても正しすぎ。命名者はもっといい加減であろう。例えば,Stephens, 1834 では「Anchylopera(鉤のpera)」に

περας terminus

http://www.biodiversitylibrary.org/item/34014#page/115/mode/1up

の註が付いていたりする。これも翅頂が鉤型にえぐれたハマキガである。
 
 エメットが語学的に何を言おうとも,「-pera」は「peras(端っこ)」であるというyyzz2の結論である。

Costaconvexa属・Dysstroma属更新。Dysstroma のジェンダーについて。

 HP更新

  • Dysstroma属
    • これが思いの外難物。学名関係者をいつも悩ませる「ラテン語の性」(さが,と読んではいけない。ジェンダーのこと)の問題である。最新の『標準図鑑』では,種小名の語尾はすべて女性形に統一された。つまり,「Dysstorma」のジェンダーを女性とみなしたということである。

 考え出すとこれは面倒くさい。『国際動物命名規約第4版』(日本語訳はhttp://www.ujssb.org/iczn/pdf/iczn4_jp_.pdf)ではこう。

(p. 30)
30.1.2
 属階級群名であって,ラテン文字への換字のみを施しそれ以外変更していないギリシア語の単語であるかまたはそれに終わるものは,標準的ギリシア語辞書のなかでその単語に与えられている性をとる。

 つまり,「ギリシア語まんまのものは,ギリシア語での性」ということ。「stroma」はギリシア語“στρωμα”そのまま。この語は「中性」である。だから厳密にやるなら,種小名語尾は中性形 -um になるべき。実際はそうなっていない。

    • サイト「Lepidoptera and some other life forms」(これは非常に便利なサイトである)の「Dysstroma」の項では,女性形と中性形が混在している。
    • みんなで作る日本産蛾類図鑑」では,「中性形」に統一されている。(これは英断だと思う)。
    • その他,「EOL」ではすべて「女性形」。
    • その他の研究者の記載文でも大抵は「女性形」。
    • 平嶋義宏,1983,やどりが 113, 114: 12 では,「中性」に直すことを主張している。

(…)Dysstromaという属名もある。前節のdys−(δυσ.)は不分離接頭辞で,“悪い”“不幸な”などをあらわす。本属は女性に扱われている。本属には8種の邦産種があるが,そのうちの7種の種名の語尾を訂正せねばならない。

 混乱しているのだが,それでも,規約を厳密に適用するなら,これはやっぱり「中性」である。ところが「EOL」に代表されるように,慣用的には Dysstroma は女性ジェンダーで扱われている。囲碁将棋用語でいうなら「味が悪い」状況である。
 さて,命名者のヒュブナーは Dysstroma の最初の蛾を「Dysstroma Russata」としていて,これは女性形である。規約では「何だか分からないものは命名者が性を指定する」となっていて,どうやら今回のケースは(すでに女性で定着しているということもあるだろうが)「命名した Hübner の意向を尊重して」という相場だと考えられる。
 
 というわけで色々大変なのである。こんな学名調べからでも「分類するとはそもそもどういうことか」とか「種とはそもそも何か」などの問に発展しかねない。分類学とはおそらく「歴史学」や「知識論哲学」のジャンルに属するに違いないと思うようになってきている。(そして,そういう問題を扱った論文がやたら難しい。困る)。
 
 おまけ。まるきりお遊戯会だね。何も考えずに見ましょう。
D
 谷山浩子は次世代あたりには忘れられる歌手なのだろうけども,もったいないなあという感想。

Carige属・Catarhoe属・Chloroclystis属更新。Emmet・平嶋批判。

 それじゃあ「TECHNOPOLIS」から。そういう世代なのである。
D
 マニアになってくると,どのアレンジがいいとか悪いとかという議論になるらしいが,わたしはあまりこだわっていない。マニアではないのである。

 HP更新。ナミシャクはまだ始まったばかり。

  • Carige属
    • Moore の命名で案の定分からない。「Karige」という地名自体は南インド東岸にあるのだが,この蛾の採集地は北中国だという。2日間散々検索して分からないのであきらめた。アナグラムの可能性も考えたが疲れるばかりである。
  • Chloroclystis属
    • わたしがよく参照している,Emmet, 1991, The Scientific Name of British Lepidoptera, p. 175では,後節について

κλυζω(kluzô) の語根から,洗うこと,洗い流すこと。この属の種のあせやすい緑の色合いから。

 とある。たしかにあの緑はすぐに飛んでしまう。
 でも,1次資料が参照できるなら,それを確認せねばなるまい。というわけで,Hübner, Verzeichniss bekannter Schmettlinge(既知の蝶蛾目録), p. 323 へ。
 例によって,ドイツ語のヒゲ文字が出てくる(ああ嫌だ)。こうある。昔の人はこの程度の記述しかしていないのが普通である。

Die Schwingen, wie der Kopf, grünlich gefärbt, grau bandirt und schwarz gewässert.

 困った。ヒゲはともかく,綴りだか文法だかが今と違う。もともと現代独語でさえ強くない。あえて試訳(超訳に近いかも)。

翅は,頭部と共に,緑色をしていて,灰色な帯と黒い gewässert を持つ。

 独語部分は「水で洗われた」「水で濡らされた」という意味だと思われる。ドイツ語に堪能な方はぜひご教示をお願いしたい。
 だとすると,Emmet の解釈はおかしい。おそらく原記載を読んでいない疑いがある。(このようにして,わたしは原記載と辞典と自分自身以外をどんどん信じなくなっていくのである)。
 可能な解釈は,外横線の黒色部が「黒く塗られた」と表現されたことぐらいしかなさそうである。HPにはそのように記載した。(ちなみに近世では,ラテン語“clystére”が「浣腸」の意味で用いられている。単語的にはこちらの方が対応している。蛾の名前に「浣腸」を用いてもいいのだけれども,あまり気が進まないし,ヒュブナーの記述には適合していないと思う)。
 ついでに,平嶋, 2007, 『生物学名辞典』ではどうなっているかというと,“Chloroclystis”は3カ所に出てくる。しかも揺れている。

(p. 227-228)
Chloroclystis susiciosa テンスジアオナミシャク(蛾)。属名:(ギ)chlôros 淡緑色の + (ギ)klyzô 洗う,表面に(蝋を)塗る。翅の色模様から。
 
(p. 319-320)
Chloroclystis consueta クロフウスアオナミシャク(蛾)。属名:(ギ)chlôros 淡緑色の + (ギ)klyzô 洗う,洗い流す(Emmet)。翅の緑色の模様から。
 
(p. 893)
Chloroclystis susiciosa テンスジアオナミシャク(蛾)。属名:(ギ)chlôros 淡緑色の + (ギ)klysteon 洗い流すべき。翅の色模様から。

 同じテンスジで解釈が異なったりしている。それだけ昔に命名された学名の解釈は難しいということでもある。(ところで平嶋氏も原記載を見ていない? わたしの「2次資料」に対する警戒は一層強まっていく)。
 最後にヒュブナーによる図版。

Geometra coronata。C. v-ata のシノニムである。