Clostera命名者のSamouelleについて。シャチホコ書き直し中。

 シャチホコガ科の幾つかを修正してうpし直し。
Clostera属について,その属名命名者のGeorge Samouelleの記事が英独をはじめとして5カ国語のウィキペディアに載っている。日本版はこういう分野では全然ダメ。
 誰も翻訳しないのはいかがなものなのかはともあれ,検索で物事を調べる覚悟があるなら英独仏ぐらいは読めないとお話にならないとも思う。わたしは独語がアウトなのでお話にならない組である。
 仕方なくグーグルで翻訳するのだが,「独→英」は比較的まともな翻訳をしてくれる。おかげでますます独語はマスターできないでいる。
 
 それで話は戻って,ジョージ・サムエルである。以下はウィキペディアの,から。(  )内はyyzz2による付け足し。
 彼はもともとが虫マニアの本屋で,昆虫や甲殻類の関係の本を出した縁で(Clostraの報告はこの頃のものである),1821年から大英博物館の自然誌部門で学芸員として働くことになる。彼はそれほど有能なスタッフではなかったらしい(たとえば博物館の一般公開などには熱心だったという彼は,最も重要な職務であるところのひたすら単調な標本整理には耐えられなかったのだろうと思う)。
 
 できの悪い学芸員なんて珍しくないだろう。世の中は玉石混淆でナンボである。ところがサムエルはどうにもただ者ではなかった。Michael A. Salmonの『The Aurelian Legacy: British Butterflies and their Collectors』, 2000 では次のように述べられる。

 しかし,二十年後,彼はさまざまな不品行によって馘首された。「彼は酒に手を出し,仕事をさぼり,先輩に侮辱の言葉をあびせ,同僚アダム・ホワイト(Adam White)に嫌がらせをした……標本の整理番号をわざと消して,大混乱を引き起こしたのである!」

 英語Wikiでは端的に「ラベルを取り除いて」となっている。「番号だけラベル」だったのかもしれない。いずれにせよ,分類学の命は標本で,標本の本質(≒エイドス)はラベルだから,ラベルに手を出せばクビになるに決まっている。おそらく病的な状態だったのだと思う。
 EOLで検索してみると,高次分類やシノニムを含めて119件ヒットする。このClosteraを含め,ほとんどが学芸員勤務以前の1819年の業績である。彼がプロになったのは不幸なことだったのかもしれない(でも,誰にとって?)。
 サムエルの献名を受けた昆虫としては,Heteronemia samouelleiがいる。ナナフシである。
 
 その他の修正。

 
 原記載を調べ直すと次々と新しいことが驚くほど出てくる。切りがないが,人生は短い。
 
 今回は画像なし。次回(10/2)は神奈川のケイさんのメール添付画像と,彼の新しいブログ紹介。

HPの記事書き直し中。

 ご無沙汰でした。
 考査期間になると機能が停止して,復旧までしばらくかかる。現役時代に自分が試験を受けるのはまったく平気だったのだが(午前で終わるので嬉しかった),試験対策をやって打ち合わせをして試験問題を作って印刷して試験監督をやって採点して返却・解答して素点を道教委のシステムに入力して成績をつけて票帳類の点検でサービス残業してという顛末でわたしはほとほと疲弊しきるのだった。
 
 ※ 教員の過重労働が一部で話題になっているが,わたしがしんどいのは日頃怠けている(血糖値と自律神経の機嫌が悪いので集中して頑張れない。頑張るときっと死ぬ)報いでしかない。
 
 現在,仕事で濁りきった頭のリハビリ中。
 
 というわけで,HPの更新というよりも,以前の記事の書き直しに取りかかっている。

  1. 各ページに仕込んでいた「はてなカウンター」が停止になったのでスクリプトを削除。
  2. 原記載を確認して(すると8年前には分からなかったことが続々と明らかになったりする),記載文データをタグ「!-- 」でソースに忍び込ませる。
  3. 「由来」で検索してくる奇特な御仁がいるらしいので,記事中に「由来」の語を無理に入れる。
  4. 一部,画像の差し替え。

 かくして,ナミシャクは半分くらい行ったところでまたしばらくお休みになりそう。
 

Hastina属更新。平嶋義宏『学名の知識とその作り方』と「Schulz氏」。

Hastina属更新。

  • Hastina属
    • 結構古い蛾なのだが図版が見つからない。ヒュブナーとザイツを除いて,ドイツ系はあまり図版に力を入れていない印象がある。

 

平嶋義宏『学名の知識とその作り方』と「Schulz氏」。

 月刊「むし」5月号の「蛾界」を見ていて,平嶋義宏新刊学名本『学名の知識とその作り方』が出ていたのを遅ればせながら知った。

学名の知識とその作り方

学名の知識とその作り方

 平嶋氏は「蛾類の学名の研究」(『学名の話』収載)にはじまる諸著作を読む範囲では,学名について,命名規約とラテン語の遵守派である(本来はそれが当然なのだが)。わたしがさんざん悩まされている,今回の『標準図鑑』でのジェンダーの取扱いについて,何か触れているかもしれない。
 
 急ぎ読んだ範囲での感想。
 すでに『蝶の学名』・『学名の話』・『生物学名命名法辞典』(これは必読書だとわたしは思っている)・『生物学名辞典』のすべてを読んでいる人はあらためて購入する必要はない。今回は,上記の著作とりわけ後ろ2冊の良いところを上手くダイジェストしたものであって,『生物学名辞典』が Amazonで高騰している現在では十二分に有益なものだと考えられる。
 平嶋学名本の多くは「学名を作る側の立場」の著作であって,「学名を解釈する側」のそれではないということを置いておいても,この『学名の知識とその作り方』はまだ平嶋学名本を持っていない人なら必ず購入すべき。
 
 そのかわり目立つ新味はない。わたしが密かに期待していた蛾類学会(?)への苦言(?)もなく,そこら辺はスルーという状況である。
 
 「むし」誌では,同書で「ヒメハマキ」の学名読解がなされているとの紹介があった。
 わたしが大家の営為のうしろを追いかけて調べ直す必要もその意図も全然ないのだが,たまたま目に付いた箇所。18ページ1行目,Olethreutes schulziana について,

Shulz氏に因む。詳しいことは不明。

とあったので探してみる。問題の種小名はファブリキウス(リンネの高弟。大物)の命名。原記載は「Lepindex」→「BHL」ですぐに見つかる。
 Fabr., 1777, Gen. Ins.: 293

分布はドイツ Dr. Schulz ハンブルク

 この人はファブリキウスに沢山の標本を提供しているようで,幾つもの箇所に「Dr. Schulz」は出てくる。『学名の……』の「Shulz」は誤植だと思う。綴り変える理由がない。(出版社にメールしておいたが音沙汰がないのでブログにしてしまう)。
 もしフルネームが分かれば,たいていはググって何とかなるのだがこれでは情報不足。仕方なくBHLでファブリキウスの他のめぼしい本のOCRを検索する。案外すぐに見つかった。
 Fabr., 1794, Ent. Syst. 3(2): 280

 Schulz,ハンブルクの医学博士。親友にして並外れた博物学コレクター。ハンブルクで胆汁熱〔yyzz2註: 当時用いられた病名「febris biliosa」。嘔吐をともなう熱病を広く指す〕によって死ぬ。

 とある。アマチュア収集家。ファブリキウスがわざわざ説明する程度の知名度と見なしてよいだろう。これ以上のデータは今のところ見つかりそうもない。とりあえず調査完了。

ケイさんからのメール。ヒメウラナミジャノメ。Gymnoscelis属更新。

すっかりご無沙汰していた神奈川のケイさんからメールが来た。

 数少ない貴重な読者であり支援者であって,絶滅危惧種である。保護の必要があるに違いないが,わたしにNPOを作ったりする力は皆無である。
 教員は大変そうだと心配してくれているが,わたしが30年以上続いているのだからきっと世間並みでは楽な仕事なのに違いない。わたしの能力が著しく劣っているだけであるようだ。というわけできっと大丈夫です。
 というわけで,写真を送ってくれる。19世紀文献のPDFばかり読んでいるわたしには「目の保養」である。

 ヒメウラナミジャノメだと思う(蝶になるととたんに弱気である)。小さく元気な良い蝶だと思っている。寿命がこの画像のおかげで30分ぐらい延びたような気がする。
 今後ともよろしくお願いします。遠軽はちょうど雨で咲いたばかりのサクラがみんな散って,チューリップの旬です。
 

HP更新。

 週末から来週いっぱい「高体連大会の当番校役員」なので,それはそれはひどいのである。更新できる時に更新したい。カバナミシャクが終わっているのが救いである。

  • Gymnoscelis属
    • 北海道にはケブカチビナミシャクしかいないが,日本の暖かい地方には何種もいるようだ。
    • ケブカチビナミシャクの使える画像がないので,ヒュブナーのタイプ種の画像。


Gymnoscelis rufifasciata(Geometra pumilata)
 なんだか立派な蛾だなあ。本当にこれでいいのかな。

Gandaritis属・Glaucorhoe属。

 「月刊むし」の「蛾界」にそそのかされて平嶋『学名の知識とその作り方』購入。誤植と探査不足があるようなので出版社にメールを送った。出版社からの何らかの返答を待って,『学名の知識とその作り方』の感想をここにあげたい。
 
 HPの更新。今のところ週1ペースで更新できているが,これから「高体連集約大会」や「前期中間考査」が続くので,また滞ってしまうに違いない。仕事との両立はわたしの体力ではとうてい無理である。
 

  • Abaciscusの画像が違うとか,Abraxasの画像出典が抜けているとかあちこち訂正。
  • Gandaritis属
    • 6種中5種まで手持ち画像があったので用いた。もともとこの企画は「自分の写真で埋めていこう」というつもりで始めたもの。あまりにも抜けが多くてつまらないので「BHL」から古い図版を探してきて貼るようになった。そうなると妙なもので,古い図版でないと物足りなくなった。
    • というわけで,原記載,あるいは原記載者の著作に付された図版から。

○キガシラオオナミシャク Gandaritis agnes

Butler, 1879, Ill. Typ. Lep. Het. 3: 47, pl. 52 (Euchera Agnes)。

○キマダラオオナミシャク Gandaritis fixseni

Bremer, 1864, Lep. Ost-Sib., pl. 8 (Cidaria Fixeni)。

○ツマキシロナミシャク Gandaritis whitelyi

Butler, 1878, Ill. Typ. Lep. Het. 2, pl. 52 (Abraxas whitelyi)。

 生態写真にはそれに応じた良さがあるのだが,こういう標本から起こした版画の味も捨てがたい。
 

  • Glaucorhoe属
    • モチュルスキーの分類では「Cabera」属。カベラ属は現在はエダシャク亜科。「みんな蛾」ではこんな連中

蛾の学名のジェンダーについてまた考えた。Eustroma属・Evecliptopera属・Gagitodes属。

 エウピテーキア(カバナミシャク)後。

  • Eustroma属
    • 属名のジェンダーが今回の『標準図鑑』で「女性」とされたものの一つ。何度か書いているように,ラテン化されていないギリシア単語そのままの属名はもとのギリシア語での性別とするのが命名規約。‘stroma’は中性なので,種小名語尾が「-a」になっているものは「-um」に変更すべきところである。例えば,サイト「Lepidoptera and some other life forms」ではすべて中性語尾に書き換えられている
    • かつてある人にそこら辺を訪ねたところ,じゃあオオシモフリエダシャクをどう扱うべきなのかと返ってきた。Bistonのことである。なるほどあれは混乱している。
    • おそらくギリシア人名なので,原則ならば男になるが実際は女性ジェンダーで用いられている場合がほとんどである(種小名が単なる名詞とみなされる時や,複合語であるなら女性・中性形の余地があるが,それに当てはまらないケースが多い)。ちなみに属名の命名を行った Leachが(規約ができる前の1815年ではあるが)女性ジェンダーで処理している(Edinburgh Ency. 9: 134)。リーチが Bistonの由来を明記していないので,リーチの意に従ってジェンダーを女性と見なすことは不可能とは言い切れない。
    • そもそも,すでに平嶋義宏「蛾類の学名の研究」で明らかにされているように,蛾の学名のジェンダーは規約を越えて女性化されていることがしばしばである。
    • リンネが蛾の性をすべて女性にして(SphinxとPhalaena群。これについては拙ブログ「09-02-09 『英国産鱗翅目の学名』から(2)」参照)命名している。わたしの推測では,ファブリキウスやヒュブナーなどの後継者が新属名を作った時に,(まだ属の概念が明確には存在していない頃であるから)リンネの分類を新属名の「さらに上位のタクソン」と把握して,ことごとく種小名を女性語尾にしてしまい,そのまま慣行化したのではないだろうか。
    • おそらく執筆者たちの意図は,研究によって属名がころころ変わりかねない状況のなかで,種小名の綴りを安定させて整理・検索に便を図ろうというものだと思われる。異なる理由とは言え,結果として今回の『標準図鑑』は一種の先祖返りである。
      • 250年前と現代のフロンティアが結果として手を結ぶ。これは悲劇なのだろうか,喜劇なのだろうか。これは更に後世の人々の判断するところである。

 

  • Evecliptopera属
    • 「v」と「u」は置換可能。命名者はvの方が(英語で発音するなら)座りがいいと考えたのだろう。「Euecliptopera」が先行存在していてホモニムを避けたのではなさそうである。

 

  • Gagitodes属
    • セスジナミシャク Evecliptopera illitata の命名者 A. E. Wileman (1860-1929)はイギリスの外交官で,鱗翅のアマチュア研究者。彼については,江崎悌三による評伝に詳しい(江崎, 1984, 江崎悌三著作集 1: 121-130)。
    • illitus(色を塗られた)とは,「背筋の白線」のことだとわたしは思っているのだけれども,さあどうかな。
    • 画像はいつものザイツ。Seitz, 1915, Die Gross-Schmetterlinge der Erde 4: ,pl. 10。ヤハズナミシャク。ザイツでは Cidaria属に分類されている。セスジナミシャクは見つからない。

蛾への献名について。シーベルスとブラニツキ。

 ルーミスシジミやヤンコウスキーキリガとかプライヤエグリシャチホコとか,外国人名が付いている和名がしばしばあって(当ブログの読者ならともかく)一般人には何だか分からなかったりするのだが,たいていは「献名になっている種小名」に由来している。すなわち,「Arhopala ganesa loomisi」,「Xanthocosmia jankowskii」,「Lophontosia pryeri」。無個性な標準和名よりは面白いかもしれない*1
 面白いのはそれ自体ではなによりなのだが,「献名学名」(わたしの造語)は「一体誰のことなのか」を調べようとすると大変な手間がしばしばかかる。縁あって学名調べをしているわたしにとって「献名もの」は難関の一つ。とにかく手がかりが乏しい。はっきり言って,昆虫学辞典に載るレベルに達しない人はお断りしたいほど。
 日本で「昆虫学史」をまとまって手がけているのは,私の知る範囲では,江崎悌三と小西正泰両氏ぐらいである。フロンティアを走る人々にとっては「史・誌」はエネルギーを注ぐに値しないものとされるらしい。かくして江崎昆虫学史も雑誌連載の中座を余儀なくされたとのこと。このことは,簡単に調べられる日本語文献がほとんどないということでもある。
 
 というわけで,原記載文を見てヒントを探して,人物をネット検索(ほとんど外国語のWiki),を繰り返している。
 今回はその報告。HPに書き足した分。
 

シーベルスシャチホコ Odontosia sieversii

 最後が「-ii」になっているのは,名前をラテン語尾化して「-ius」にして更に属格にした結果である。名前は「Sievers」。この人物は普通の『昆虫事典』なんかには出てこない。
 すでに『Etudes entomologiques』あたりは読んでいて,19世紀後半のサンクトペテルブルクのアマチュアだとは見当をつけていたのだが,今回「A Guide to Nabokov's Butterflies and Moths」というサイトに「Section 3 Scientists Related to Nabokov's Work on Lepidoptera」なるページを発見して,情報量が増えたのでここに報告する。シーベルスに関する本邦初紹介かもしれない。
 Johann Christoph Sievers は1805年ハンブルクの名家の出身。ドイツ系だが,活躍の舞台はロシアである。商人らしい。鱗翅目のアマチュア収集家であり,サンクトペテルブルク地区で採集した蛾のリストを,地元の昆虫学誌に増補しながら数回発表している。没年が1867だから,次の報告がおそらく最終稿だろう。
 J. C. Sievers, 1867, Verzeichniss der Schmetterlinge des St. Petersburger Gouvernements., Horae Societatis Entomologicae Rossicae 2: 133
 蝶97種,シャクガを除く大蛾類371種,シャクガ216種,小蛾類586種の計1270種があげられている。
 
 ※息子 Gustav Sievers も昆虫学で知られる。この人物の Wikipedia の項目(リンクはスラブ文字を出せないので,英語に翻訳したもの)に,著作として1862年の目録が載せられているが,これは父親のものとの混同であろう。
 Odontosia sieversii のおそらく最も古い画像。

 Motschlsky, 1859, Et. Ent 8: 144, pl. 2, f. 1 (Notodonta sieversii)。
 

クロテンシャチホコ Ellida branickii

 相変わらずわたしには属名の「Ellida」は分からない。鱗翅にはよくある名前なので分からないのはおかしいのだが,でも分からない。
 種小名は何とか判明した。
 Lepindxでカード(これが誤記で,「 Et. Ent 」ではなく「 Ét. d'ent.」である)を見て,「branicki」の原記載( Obertür, 1881, Études d'entomologie 5: 60)をたどると,

(拙訳)
わたしはこの美しいシャチホコガを,技芸と自然科学に秀でたアマチュアである Constantin Branicki 伯爵に献じた。

 これはフランス綴りで,ポーランド綴りでは Konstanty Branicki。Wikiぐらいしか資料がない。Wikipediaポーランド語版google英訳版(こちらだと何とか意味が取れる。日本語訳は理解不能である)とをあげておく。
 それによれば,帝政ロシア下のポーランド貴族で財産家。自らオリエント巡りをしたり,探検旅行・科学研究のパトロンをしたりして,考古学的・博物学的蒐集を行っている。彼自身が最も力を入れたのは鳥類に関して。
 彼のコレクションは,現在ポーランド科学アカデミー動物学研究所に所蔵されている。
 ちなみにオーベルチュールは,3種の蛾をブラニツキに献じている。
 原記載からの図版。

ibid. pl. 6。(Urodonta branicki)
 
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*1:スコットカメムシの学名からシノニム化によって「scotti」が消えたのは痛恨事である。